大政奉還=幕府の終了…ではなかった!欧米が“正統政府は徳川”と見ていた複雑な事情とは? (2/4ページ)
「王政復古の大号令」が発せられた京都御所の御学問所(Wikipediaより)
しかし、これで徳川幕府がすぐに消えたわけではありません。新政府と旧幕府という二つの政権が同時に存在する状態が続いたのです。
これについて、特に注目すべきは外国の反応です。欧米各国は新政府をすぐには認めませんでした。
なんといっても徳川慶喜は大号令の一週間後には、大坂城でアメリカ・イギリス・フランスなど六か国の公使と会談し、内政不干渉の約束を取り付けているのです。
これでは外国から見れば、まだ幕府が正統な政府だと思われても無理はないでしょう。
パークス、断る他にも、こうした認識のズレを象徴する出来事がありました。
戊辰戦争の最中、長州藩士がイギリス公使パークスに負傷兵の治療を頼んだ時のことです。