大政奉還=幕府の終了…ではなかった!欧米が“正統政府は徳川”と見ていた複雑な事情とは? (3/4ページ)
パークスは「今日の政権は徳川にある」からと、これを断りました。
第2代駐日英国大使ハリー・パークス(Wikipediaより)
このパークスの発言は重要な意味を持ちます。
国際法上、革命政権が生まれても、前の政権との条約や約束が自動的に引き継がれるわけではないのです。
実際、明治天皇への各国の信任状提出は遅れました。イギリスが一八六九年五月、フランスが同年六月と、戊辰戦争が終わってからのことだったのです。
致命的だったのは、朝廷には外交の専門家がいなかったことです。大政奉還後も、江戸開市の延期や新潟開港の件など、実際の外交業務は幕府が続けていました。
外国にとっては「政権は朝廷に移ったのに、なぜ外交は幕府がやるのか」と思われても仕方ないような、奇妙な状況だったのです。
単純ではなかった「政権交代」外国が最も心配したのは、横浜などの居留地の安全でした。もしも日本国内の二重権力状態が内戦に発展するような事態になれば、そこに住む外国人が危険にさらされます。