【豊臣兄弟!】桶狭間の戦いで何をした?史実で追う藤吉郎・小一郎の“裏の働き”の真相
1月25日放送の『豊臣兄弟!』第4回で描かれた「桶狭間の戦い」。
この合戦は、戦国大名・織田信長(演:小栗旬)の名を一気にメジャーへと押し上げた、まさに歴史的大事件ですが、そこは『豊臣兄弟!』。ただの英雄譚で終わらせないのが、この作品らしいところです。
本稿ではドラマの描写とは少し視点を変えながら、史実という観点から、藤吉郎(演:池松壮亮)と小一郎(演:仲野太賀)が実際の「桶狭間の戦い」に、どのように関わったのか、講談色の強い逸話『絵本太閤記』と、真偽が議論される史料『武功夜話』をもとに、ひも解きます。
信長出陣に奮い立つ藤吉郎と小一郎。NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
『絵本太閤記』の桶狭間での逸話は本当か?江戸時代後期に成立した『絵本太閤記』には、こんな面白い逸話が残されています。
それによると、「桶狭間の戦い」の前夜、藤吉郎は信長の許しを得て、近江の六角家に援軍を頼みに行ったものの、あっさり断られてしまったそうです。
そこで彼はやむを得ず、六角家の鎧や旗指物を借り受け、それを野武士たちに着せて戦場を走り回りました。まるで六角家の大軍が駆けつけたかのように見せかけた、というのです。
稀代の人たらしといわれる秀吉(藤吉郎)。NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
もっとも、『絵本太閤記』は講談色の強い物語で、描かれている出来事の多くが創作であることはよく知られています。この逸話についても、史実とは考えにくく、作者の想像によって生み出されたものと見るのが自然でしょう。
それでも、「秀吉(藤吉郎)ならやりかねない」と思わせるだけのリアリティが、この話にはあります。
実はその背景には、藤吉郎が故郷・中村を飛び出してから信長に仕えるまでの、いわば“謎の時代”が存在しているのです。
藤吉郎の“謎の時代”を探る。今川家の情報に通じた理由藤吉郎は信長に仕える以前、今川氏の家臣だった飯尾氏の配下にあたる、頭陀寺城主・松下之綱に仕えていたと伝えられています。
この之綱からはなかなか目をかけられていたようですが、何らかの事情があって松下家を去ることになったようです。
こうした経緯から、『武功夜話』には、「秀吉(藤吉郎)は駿河や三河の事情に通じていた」と記されているのです。
もっとも、この『武功夜話』は史料としての信頼性が必ずしも高いとはいえません。後世の創作が多く含まれているとされており、その点が評価を下げている理由でもあります。
とはいえ、藤吉郎が松下家に仕えていた可能性そのものまで否定することはできません。もし本当にそうだったとすれば、彼が今川家に関する情報をある程度持っていたとしても、不思議ではないでしょう。
松下家を退出してから生駒家に身を寄せていたとの説もある。NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
さらに興味深いのは、『武功夜話』の成り立ちです。
この書物は、信長が最も寵愛した側室であり、嫡男・信忠と次男・信雄の母でもある生駒家宗女・吉乃(きつの)の親族にあたる前野家の家譜という性格を持っています。
また、同書によれば、藤吉郎は松下家を辞めたあと、信長に仕えるまでの間、吉乃の実家である生駒家に身を寄せていたとされています。
そして、吉乃の推薦によって信長に召し抱えられた、そんな話も伝えられているのです。
藤吉郎は実戦ではなく諜報活動に勤しんでいた?生駒家は、染料に使う灰や灯火用の油を扱い、さらに馬借・車借といった運送業まで営む商人でした。
その一方で、小折城(現在の愛知県江南市)を居城とする領主でもあったのです。つまり生駒家は、「武家」と「商人」という二つの顔をあわせ持つ存在だったわけですね。
灰や油はいずれも当時の生活には欠かせない貴重品で、大きな利益を生み出す商品でした。また、馬借・車借は、依頼された荷物を馬や牛で各地へ運ぶ仕事で、いわば現代の運送業のようなものです。
小折城は単なる生駒家の本拠地にとどまりませんでした。全国から商人たちが取引のために集まる物流拠点であり、さらに各地の情勢や情報が自然と集まる情報センターの役割も果たしていたのです。
藤吉郎が生駒家に身を寄せていた頃、生駒家と同郷の蜂須賀小六(正勝/演:高橋努)や、生駒家と親戚関係にあり、さらに小六の義兄弟でもあった前野将右衛門(長康)と知り合ったといわれています。
彼らはのちに豊臣政権を支える重要な家臣となり、そろって大名へと出世していきました。
「桶狭間の戦い」では、吉乃の兄である生駒家永が出陣し、その戦功によって信長から安堵状を与えられます。これによって生駒家は、信長の領内である尾張で自由に商売を行う特別な許しを得ることになりました。
一方、『武功夜話』には、小六や将右衛門が土民に変装し、今川軍の動きを探る諜報活動にあたっていたという記述が残されています。
ところが戦後、彼らは信長から十分な恩賞を得られなかったことに不満を抱き、あえて信長には仕えず、秀吉の家臣となったと伝えられているのです。
この経緯を踏まえると、小六や将右衛門は生駒家の一員として諜報活動をしていたため、信長から直接評価される立場になかった可能性も考えられます。
また、当時まだ身分の低かった藤吉郎の配下となる道を選んだという事実も、なかなか興味深いところです。
高橋努さんが演じる蜂須賀小六正勝。NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
これは、信長の命を受けた藤吉郎が織田家の立場を背負いながら、小六や将右衛門とともに諜報や情報収集に深く関わっていた可能性を示しているのではないでしょうか。
『豊臣兄弟!』第4回では、今川側に寝返ろうとした佐久間盛重(演:金井浩人)を討った簗田政綱(演:金子岳憲)を信長は功労第一とします。史実でも政綱は、忍びの者を使って今川軍の動向を探り、その動きを信長本隊に知らせていました。
「桶狭間の戦い」における信長の基本戦略は、今川軍を自領深く誘い込み、戦力を分散化させたうえで野戦で叩くというものでしたので、義元本隊の動向を掴むための諜報活動をなにより重要視していたのです。
このように考えたうえで想像をふくらませれば、藤吉郎を支える立場として、弟の小一郎もまた、藤吉郎らが行った諜報活動の一端を担っていたのではないか、そんな可能性すら思い浮かんできます。
藤吉郎と小一郎は生駒家の協力のもと諜報活動を行ったいたのか? NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
もちろん、ここまで述べてきた内容には、筆者の私説や推測も多く含まれています。
しかし、「桶狭間の戦い」のすぐ後に、小一郎が藤吉郎と行動をともにするようになったこと。
そして、秀吉よりも高い身分であった地侍層の小六や将右衛門が、その後、秀吉の配下となっていったという事実を考えると、決して荒唐無稽な話とも言い切れないのではないでしょうか。
ともあれ、今後の『豊臣兄弟!』の展開と、藤吉郎・小一郎兄弟のさらなる活躍が、ますます楽しみですね。
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