朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道

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朝ドラ【風、薫る】予習:看護が“賎業”と呼ばれた時代、実在2人の女性が切り開いた「看護師」という道

本格的な春の訪れとともにスタートする、2026年前期・朝のNHK連続テレビ小説『風、薫る』

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今回、舞台になるのは、文明開化が急速に進み、さまざまな西洋文化や学問などが入ってきた明治時代の日本です。けれども、まだ「女性の職業の確立」が遅れていました。

そんな状況で、“看護婦養成所を卒業した二人の女性”が、看護師という職業の確立に大きな働きをする「最強バディ」の物語(しかも実在の人物)……ということで、個人的にも楽しみにしています。

ドラマの公式「X」も1月30日にスタート、先日2月10日には、主題歌「風と町」を
Mrs. GREEN APPLEが歌うことも発表されました。

いよいよ3月スタート!2026年前期 朝ドラ『風、薫る』出演者発表第6弾が公開 主題歌はMrs. GREEN APPLE

病院にいけば、当たり前のように看護師さんにお世話になれる令和の今からは想像もできませんが、「看護という概念」がなかった明治時代に、ドラマの先駆けてタイムスリップしてみませんか。

日本で初めて誕生した看護という仕事、女性が学問として看護に携わることが難しかった背景、そんな時代に強く道を切り開き生き抜いた実在のヒロインたちについて、ご紹介していきたいと思います。

『風、薫る』を見る前に時代背景の知識を仕入れたら、登場人物により親近感やシンパシーを感じるかも。ぜひ、ドラマの予習のお供にしてください。

明治時代の小説『看護婦』の挿絵。(武内桂舟)

「看護」という概念がなかった日本

医療現場において、医師にとっても患者にとっても、なくてはならない存在が看護師という職業です。

けれども、今から百数十年前の日本では、その看護師という職業がなかったどころか、「看護」という概念がありませんでした。

江戸時代までの日本は、病人や怪我人の世話(看護)は、家族・奉公人(家内の使用人)・近所の人などが担当していました。

つまり、“医療のプロ”ではなく、普段の生活の延長として、素人が経験などをもとに見よう見まねで看護を担っているのが一般的だったのです。

当時は、まだ「病院」という施設がほぼない・医師はいても診察は往診が基本・治療も漢方が主流・医師は都市部にしかほぼない……という背景が影響していました。

五雲亭貞秀「痘瘡、麻疹、水痘」public domain 東京都立図書館デジタルアーカイブ TOKYOアーカイブ

明治時代に「看護」という仕事が生まれたわけ

江戸時代の終わりから明治維新後にかけて、日本でも急速に西洋医学を取り入れるようになりました。

ようやく、病院という施設・手術・消毒という概念・傷や病気の管理・組織的医療という、欧米由来の診療体系が導入されたのです。

それに伴い、医師だけの手では回し切れないほどの実務作業が必須になりました。

清潔の維持・傷の包帯交換・食事と排泄の管理・感染予防対策など、今までの家庭内の素人レベルの「看病」ではなく、看護に関する知識と専門的な技能を持つ人材が必要になったのです。

イギリスでは、かの有名なフロレンス・ナイチンゲールにより、1860年に『看護覚書』という書物が発表されるとともに、ロンドンに看護師養成所が設立。

「ナイチンゲール方式」と呼ばれる教育システムは、日本にも多大な影響を与え、長く日本の看護の礎となりました。

1880年代(ちょうど、『風、薫る』のヒロインたちの時代)には、日本でも看護教育が始まり、1885年前後には、複数の看護学校や養成所が設置されるように。

当初はまだ教育制度も曖昧で、医師が直接教える形や官立病院やミッション系医療機関と深く結びついたそうですが、これが 日本で「看護専門職」としての原点となったようです。

フロレンス・ナイチンゲール wiki

近代的な働く女性を育てる教育機関でもあった看護学校

当時の看護学校では、衛生学・解剖学の基礎・包帯の巻き方・患者との接し方など、医療分野だけではなく規律や礼儀作法も厳しく教えたそうです。医療技術が知識を学ぶ場でありながら、近代的な「働く女性」を育てる機関でもありました。

当時はまだ女性が高等教育を受けることが珍しく、看護学校の女学生の多くは寄宿舎で集団生活を送っていたそう。

早朝の起床、厳しい時間管理、制服の着用など、規則は厳しく自由は限られていたものの、その分、彼女たちは“学ぶ女性”としての誇り・志・自覚を強く持つようになったといわれています。

慶應義塾看護婦養成所(1945年以前)wiki

健康や命を守る「看護」がなぜ“賎業”とされたのか

せっかく、看護学校ができて、ようやく日本も、多くの病人や怪我人が救われるような近代国家になった……と思いきや。

明治時代は、まだ看護という仕事はすぐには理解されなかったようです。今回ドラマで描かれる時代は、「看護婦は金のために汚い仕事も厭わず、命まで差し出す賤業(せんぎょう)」と見なされていたそうです。

現代から考えると、病気や怪我のときにお世話になる看護のプロに対して「なぜ?」と感じますよね。

“日本人独特の差別意識”からくるものかと思いましたが、日本だけではなかったようです。

患者の排泄物・傷・血液・膿・死体などに触れる仕事は、宗教的や慣習的に「穢れ」と結びついて考えられることが多かったとか。そのため、他人には触れさせずに家族が行うという意識が強かったようです。

ところが明治になり、若い女性が看護職として赤の他人の病巣・傷・血液・死などに間近で触れ合うという感覚が、一般的にはなかなか理解しづらかったといわれています。

さらに、明治時代の日本は「女性は家を守るのが仕事」「良妻賢母でいることが務め」という古い価値観が蔓延していた閉鎖的な時代。

若い女性が、男性の医師や患者と触れ合い、夜勤もあり寄宿舎生活をするなど、「嫁入り前なのにとんでもない!」という認識もあったようです。

ナイチンゲール以前の欧州でも、看護は修道女や下層階級の女性の仕事とみなされてたそうです。

けれども、日本は、日清・日露戦争を経て、従軍看護婦や赤十字看護婦が国家的英雄像に近い扱いを受け、他の国とくらべると比較的早く評価が上がったのでした。

日露戦争中の日本の従軍看護婦(wiki)

黎明期から看護師として活躍した2人の実在の人物

今回のNHK連続テレビ小説『風、薫る』では、そんな看護師の黎明期に、看護師を目指していく二人の女性がヒロイン。

主人公の一人「一ノ瀬りん」はNHK大河ドラマ『光る君へ』で一条天皇の皇后・藤原彰子を演じた俳優の見上愛さん。もう一人の主人公「大家直美」は、2410人の中からオーディションで選ばれた上坂樹里さんが演じます。

血縁関係でもない二人の女性が、ダブルヒロインを演じるのは初めてだそう。

原案は田中ひかるさんの『明治のナイチンゲール 大関和物語』で、実在した日本の看護師、大関和鈴木雅をモチーフにしています。

下野の黒羽藩の国家老であった大関増虎(弾右衛門)と、その妻・テツの次女として生まれた大関和。彼女をモチーフにしたのが「一ノ瀬りん」で、“那須地域に住む、元家老の家の長女”という設定。

かたや、静岡県士族で鳥羽・伏見の戦いに参戦した加藤信盛、母はトヨの間に生まれた鈴木雅。彼女をモチーフにしたのが「大家直美」で、“生後間もなく親に捨てられ牧師に育てられた”という設定です。

(左)大関和 (右)鈴木雅 wiki

最後に…

彼女らが飛び込む、日本では馴染みのない「看護」という世界。厳しい状況の中で二人のヒロインは何を支えに道を切り開いていくのでしょうか。

当時の時代の背景や「看護」についてを知っていると、『風、薫る』で繰り広げられていく世界による没入できるかもしれません。

明治時代の看護師養成所の実態や、大関和と鈴木雅については、次の機会にご紹介したいと思います。

参考:

新版 ナイチンゲールの『看護覚え書』 イラスト・図解でよくわかる!(金井一薫)
看護婦の歴史: 寄り添う専門職の誕生(山下 麻衣)
明治のナイチンゲール 大関和物語(田中 ひかる)
看護の歴史(東京有明医療大学)HP

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