朝ドラ「ばけばけ」兄・錦織友一(吉沢亮)が若くして病没…錦織丈(杉田雷麟)のモデル・西田精の生涯 (4/4ページ)

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大正14(1925)年ごろには、故郷松江市のために助言を行うこともありました。

当時、松江では給水人口が増加。そのため夏期の断水や給水制限が起こっていました。

精は専門家の立場からろ過池の増設や送・配水管の増設を助言。松江市はこれを受けて対策を実施しました。

その後も関与は続き、昭和8(1933)年付の精の書簡が残ります。

松江市は「水道拡張の際にはいつも西田の助力を仰いだ」と総括しており、第二期拡張(新大橋を越え南北田町方面へ送水)の技術的相談にも応じていたことがわかります。

精は大学に拠点を置きながら、都市インフラの現場課題に向き合った「実務派の学者」としての顔も持っていました。

そこには専門家としての矜持や、かつて過ごした故郷を思う気持ちがあったのかも知れません。

精は松江だけでなく九州各地の上下水道整備に技術的に助言。戦中をも息抜きました。

昭和21(1946)年、精は病没。享年70。故郷や国家の発展、そして人々の生活を守るために生き抜いた生涯でした。

東京帝国大学工科大学(現在の東京大学工学部)本館。精が学び、教鞭を取った。

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