朝ドラ「ばけばけ」兄・錦織友一(吉沢亮)が若くして病没…錦織丈(杉田雷麟)のモデル・西田精の生涯 (2/4ページ)

Japaaan

朝ドラ「ばけばけ」病に侵され奪われた未来…錦織友一(吉沢亮)のモデル、大盤石こと西田千太郎の生涯

父・平兵衛は江戸時代までは下級武士である足軽の身分でした。時代が変わっても、豊かな暮らしではありません。

明治を迎えると、旧武士である士族たちは収入の道が途絶。一家の暮らしは困窮していたようです。

兄・西田千太郎教員伝習校変則中学松江中学)に入学したものの、暮らしの困窮と体調を崩したことで退学。その後、千太郎は授業助手として同校で働き一家の暮らしを支えました。

精は兄と一家の暮らしを目の当たりにして、幼い頃から学問に励みます。

その甲斐あってか、明治25(1892)年7月に島根県尋常中学校に入学。さらに勉学に励みます。

朝ドラ「ばけばけ」では、錦織丈がレフカダヘブン(ラフカディオ・ハーン=小泉八雲)の教え子として扱われていますね。実際は、彼が入学した時点でハーンは熊本に行っており、松江で指導は受けていません。

しかし精は兄・千太郎の使いでハーンのもとに派遣されたことが度々ありました。そのため、精はハーンと接点はあったことは確かです。

明治29(1896)年7月、精は首席で中学校を卒業。卒業式では総代として答辞を務めています。

優秀な成績の精は、将来を嘱望されていました。

「朝ドラ「ばけばけ」兄・錦織友一(吉沢亮)が若くして病没…錦織丈(杉田雷麟)のモデル・西田精の生涯」のページです。デイリーニュースオンラインは、錦織丈西田精杉田雷麟錦織友一西田千太郎カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る