【豊臣兄弟!】愚将なんかではない!15歳で国主、26歳で討死…史実で辿る斎藤龍興(濱田龍臣)の壮絶な生涯 (2/2ページ)

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太平記英勇伝に描かれた斎藤龍興/歌川国芳作(Wikipedia)

15歳で国主を継ぐという現実

1561年(永禄4年)、美濃国主・斎藤義龍(演:DAIGO)が33歳で急死します。跡を継いだのは嫡子の龍興。しかし彼は、まだ元服前。数えでわずか15歳でした。

斎藤龍興。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK

冷静に考えてみてください。いまで言えば、高校生にもなっていない少年が、国ひとつの運命を背負わされたのです。

しかも父・義龍は、何もかも自分で仕切る強烈なワンマン型。補佐役となる絶対的な家老はおらず、三奉行・六奉行ら有力国人がいるだけでした。

これはもう、スタート地点からして相当なハードモードです。この年齢で、自らの意思で政治的手腕を発揮せよと言われても、正直かなり酷な話でしょう。

それでも、家督相続直後の美濃はすぐには崩れませんでした。六奉行を中心とした合議制で、織田信長(演:小栗旬)の攻勢を一進一退で凌いでいます。

むしろ龍興軍を手強いと感じた信長は、一度美濃攻略を断念し、和睦を結んで尾張へ引き上げています。

ここは意外と見落とされがちです。

つまり、「三代目になった途端に即崩壊」というわけではなかったのです。

美濃斎藤家の転落の構造

しかし、永禄年間(1558年~1570年)中盤になると空気が変わります。

義龍時代に退けられていた金山城主・長井隼人佐道利を家老に抜擢し、近臣中心の体制へ移行。また、道利や快川紹喜の働きにより、武田信玄(演:髙嶋政伸)との同盟も成立しました。さらに信長との和平によって、美濃は一時的な安定を迎えます。

ところが、この束の間の“平穏”が逆に油断を生んでしまった可能性があります。士気の緩みは、家臣団内部の不満という形で表面化しました。

1564年(永禄7年)、竹中半兵衛重治(演:菅田将暉)が安藤守就(演:田中哲司)とともに稲葉山城を占拠。龍興は一時、本城を追われる事態にまで至ります。

半兵衛の行動は「主君を諫めるため」とも言われますが、裏を返せば、それだけ内部の不満が高まっていたということでもあります。

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そして1566年(永禄9年)以降、墨俣城を足がかりに信長が再侵攻を開始。龍興は次第に防戦一方となっていきます。

稲葉山城。(Wikipedia)

1567年(永禄10年)、ついに稲葉山城は落城。龍興は美濃を追われました。

家督相続からわずか6年。結果だけを見れば、確かに大敗北です。

こうしてみると、龍興が「愚将」と語られてしまうのも、無理はないのかもしれません。

それでも終わらなかった龍興の人生

ですが、龍興の物語はここで終わりません

国を失った若き元国主は、隠棲して余生を送ったわけではありませんでした。

もしここで全てを諦めていれば、同盟関係にあった武田信玄を頼る道もあったでしょう。実際、信長に追われた武将の中には、信玄の庇護を受けた者も少なくありません。

それでも龍興は、美濃奪還を目指して反信長勢力の中に身を投じます。長島本願寺や三好三人衆、そして越前の朝倉義景(演:鶴見辰吾)と行動をともにしました。

刀禰坂の戦いで奮戦する斎藤龍興/落合芳幾画(Wikipedia)

そして26歳。天正元年(1573年)、織田信長による朝倉義景追討戦、刀禰坂の戦いでその生涯を閉じました

龍興は、自ら槍を振るい、最後まで戦場に立ち続けたと伝えられています。

確かに、彼は勝てませんでした。

しかし、15歳で家を継ぎ、信長という時代の怪物と向き合い、国を失ってもなお戦い続けた人物です。それを、ただの「甘やかされた三代目」と言い切ってしまってよいのでしょうか

もし彼が、もう少し年長になってから美濃を継いでいたら。もし父・義龍がもう数年長く生きていたなら。

斎藤義龍像/常在寺蔵。(Wikipedia)

信長をほとんど寄せ付けなかった義龍とともに、戦国の勢力図は違った形になっていた可能性も、決してゼロではないはずです。

少なくとも、斎藤龍興という名前は、今とは違う語られ方をしていたのではないでしょうか。

龍興を「愚将」の一言で済ませていい人物ではない。筆者は、常々そう思っています。

そしてー。

龍興の傍らで、同じく運命に翻弄されながら美濃再興を支え続けた一人の男がいました。刀禰坂の戦いで龍興とともに討ち死にした長井隼人佐道利です。

おそらくは、『豊臣兄弟!』には登場することのない道利。しかし、龍興を語るなら、この人物を抜きにすることはできません

その真の姿については、またあらためてお伝えします。

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