犬は7000年前から“家族”!老犬も見捨てない…縄文人の犬への愛情が想像以上に深かった

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犬は7000年前から“家族”!老犬も見捨てない…縄文人の犬への愛情が想像以上に深かった

この何十年、ペットといえば犬が主流でしたが、近年は猫の人気がそれを上回るようになったと言われます。しかし日本列島の歴史をたどると、人と犬の関係は猫よりはるかに古く、その関係は縄文時代までさかのぼります。

人と犬、そして猫はどのような関係を築いてきたのでしょうか。

【縄文時代】最愛のパートナーだった犬との関係

縄文人は狩猟に犬を伴い、重要なパートナーとして扱ってきました。そして人間と同じように埋葬することもありました。

日本最古の「埋葬された犬」は、愛媛県の 「上黒岩岩陰遺跡(かみくろいわいわかげいせき)」で発見されました。

その石灰岩洞窟から、土器と共に大小2体の犬が丁寧に埋葬された状態で見つかりました。骨は科学分析によって、今から約7000年前のものと判明しています。

ちなみに当時の犬・縄文犬は、現代の柴犬に似た小型犬であったことが分かっています。

「柴犬」 出典:Wikimedia Commons

時代が進むにつれ、犬の埋葬例は各地で増えていきます。
千葉県の「高根木戸遺跡(たかねきどいせき)」では、住居跡の床面に3頭の犬が折り重なるように埋葬されていました。そのうち1頭は左前脚が不自由な12歳以上の老犬でした。骨折などで歩行が困難になった犬を、老衰で亡くなるまで世話をしていた可能性があるといいます。

こうした老犬の骨は他の遺跡でも見つかっており、縄文人が犬を単なる狩猟のパートナーではなく、共に生きる存在として大切にしていたことをうかがわせます。

また、人と犬の関係がさらに深いものだったと見られる埋葬例も見つかっています。愛知県の「吉胡貝塚(よしごかいずか)」 では、成人女性の墓の半径3~4m以内に、4頭の犬が埋葬されていました。さらに、この貝塚では赤ん坊が幼犬とともに葬られている例も確認されています。

同じく愛知県の「 伊川津貝塚(いかわづかいづか)」 からは、貝殻を加工した装飾品を副葬された埋葬犬が見つかりました。この犬は他の犬より海産物を多く食べていたこともわかっており、人と特別な関係にあったと見られています。

ペットとして犬が飼われていたことを示す最古の記述は、奈良時代の木簡(もっかん)に見られます。

奈良時代の皇族・長屋王(ながやおう)の邸宅跡から見つかった木簡には、「犬司」という犬の世話係の存在が記されており、犬が子どもたちの遊び相手として飼われていたと考えられています。

【弥生〜平安】猫はいつから日本に?

ペットとしての猫は「イエネコ」と呼ばれる家畜種で、大陸から日本列島に持ち込まれました。

日本最古のイエネコの骨は、約2000年前の弥生時代の長崎県壱岐島の「カラカミ遺跡」から発見されています。

また古墳時代の兵庫県の遺跡から出土した須恵器には、小動物の足跡のようなくぼみがあり、ネコが付けた足跡である可能性が高いとされています。

こうしたことから、猫は弥生時代に稲作と共に日本列島にやってきて、それ以来人間と共に生活していたという見方がされています。

一方で、イエネコは飛鳥・奈良時代に仏教とともに伝来し、平安時代になると愛玩動物として飼われていたとも言われています。

平安時代の宇多天皇 の日記『寛平御記(かんぴょうぎょき)』には、天皇が飼っていた黒猫について「たいへん愛らしい」との記述があり、平安時代には猫が愛玩動物として可愛がられていたことがうかがえます。

また平安京の遺跡から出土した猫の骨の分析から、日本の猫の多くは平安時代以降に持ち込まれた個体の子孫である可能性が高いと考えられています。

このように日本の猫の起源ははっきりしませんが、いずれにしても、猫が持ち込まれた当初の理由は愛玩ではなく、穀物を食べるネズミの天敵として飼うためだったと考えられています。

日本列島で稲作が広がるにつれて、猫は穀物を守る存在として、私たちの身近な動物となっていったようです。

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【江戸時代】空前の猫ブームと保護犬

猫が広く一般に「ペット」として広く親しまれるようになるのは江戸時代です。

幕府は、ネズミを捕るために「猫をつないで飼うことを禁じる」お触れを出しました。それまでは首に綱で繋いで飼われていた猫ですが、自由に町を歩き回れるようになったことで、人々はより身近な動物として猫に親しむようになりました。江戸の町では猫を可愛がる文化が広がり、猫を主役にした怪談や絵画が人気を集めました。

「鼠よけの猫」歌川国筆 出典:ColBase(https://colbase.nich.go.jp/)

一方、犬も人々の生活に深く関わっていました。将軍 徳川綱吉が出した「生類憐れみの令」では特に犬が手厚く保護され、江戸には多くの野犬を収容する犬小屋が設けられました。

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町人の間でも番犬やペットとして飼われるようになり、犬と猫の両方が人々の生活に溶け込んでいきました。

役割は違えども、人と互いに支え合いながら暮らしてきた犬と猫。長い歴史があったからこそ、今の私たちの隣にいる彼らとの絆は、より一層愛おしく感じられるのかもしれません。

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