『豊臣兄弟!』小一郎の“僧侶の変装”や説得は史実?「本圀寺の変」の実際…第11回振り返り・解説 (2/2ページ)
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ニッコニコな三好三人衆。しかしその油断が仇となった?NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
劇中では駆け足だったので、本圀寺の変について軽くおさらいしたいと思います。
本圀寺の変は永禄12年(1569年)1月5日から1月6日にかけて、三好三人衆が足利義昭を襲撃した事件です。
昨永禄11年(1568年)9月に京都を追われた三好三人衆は、本拠地である阿波国(徳島県)まで撤退しました。
しかしこれは兵力温存を目的とした戦略的撤退であり、劇中でも語られる通り「(成り上がりの信長など)どうせすぐにいなくなる」と思っていたのでしょう。
堺の町衆に支援を受けながら時期を見計らい、信長と久秀が京都を離れた隙に義昭を襲撃したのです。
しかし義昭らは果敢に抗戦し、一夜明けて1月6日になると援軍が駆けつけたことで、みごと三好三人衆を撃退したのでした。
この援軍とは細川藤孝(亀田佳明)や和田惟政(玉置孝匡)、荒木村重(トータス松本)らであり、藤吉郎秀吉(池松壮亮)ではありません。
話を盛り上げるためとは言え、彼らの活躍が奪われてしまったのは、ちょっと残念に思います。
ちなみに義昭の危機を知った信長が、わずかな手勢で雪の中を駆けつけたエピソードは史料にあり、久秀と共に1月10日に到着しました。
信長はなぜすぐ岐阜へ引き揚げた?
上洛を果たした信長たち。しかし早すぎたことが仇となった?NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
永禄11年(1568年)10月に上洛を果たし、義昭を将軍位に就けた信長は、なぜ早々に京都から岐阜へ引き揚げてしまったのでしょうか。
まだ京都支配が確定していない状態で自身が帰ってしまうリスクについては、十分に理解していたはずです。
それでも岐阜へ引き揚げた理由は諸説ありますが、あまりに早く京都へ到着してしまったため、兵站(兵糧や物資の補給ルートや仕組み)の整備が間に合わなかった可能性が考えられています。
戦国時代の常識であれば「足りないものは現地調達≒略奪すればいい」と思いますが、今回は新たな室町将軍を奉戴している以上、あまり下品なことはできません。
かつて武力任せに京都へ殴り込んだはいいものの、物資が欠乏して略奪に走った結果、支持基盤を確保できず滅亡していった木曽義仲(きその よしなか)が悪しき好例です。
約一ヶ月という短期間では岐阜から京都までの兵站を整備できず、大軍を抱えて兵糧の欠乏を危惧した結果、一度引き返したと考えるのが自然でしょう。
義昭の問い「どっちが値打ちもの」?
信長に九十九髪茄子を献上した久秀。信長は「平蜘蛛茶釜が(も?)ほしい」と言ったが、流石に久秀は断っている。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
信長から「上洛せよ」との書状を受け取り、不敵な笑みを浮かべていた松永久秀。将軍暗殺や東大寺焼討ちといった悪名をものともしない姿は、まさに乱世の梟雄と呼ぶにふさわしい風格でした。
実にいいですね。やっぱり松永久秀はこうでなくちゃいけません。竹中直人がこれからどんな久秀を演じて魅せるのか、とても楽しみにしています。
さて、そんな久秀が信長に献上したのは天下の名物「九十九髪茄子(つくもかみなす)」。言うまでもなく一級品でした。
一方で義昭に献上したのは……何でしょうね。それなりの名物と思われますが、九十九髪茄子には及びません。
義昭の権威は、信長の権力あってこそ……そのことを見抜いていたと言うか、誰の目に明らかだったことでしょう。
ともあれ久秀は大和一国の支配権を認められ、それまで筒井順慶(つつい じゅんけい)が優勢であった大和国内の情勢を覆していくのでした。
本圀寺で奮戦した義昭
陣頭指揮をとる光秀、と小一郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
劇中では、小一郎の説得に心を動かされた形で陣頭指揮をとった義昭。『上杉家文書』や『吉川家文書』によると、義昭は実際に馬上で将兵を指揮し、迫りくる敵に斬り込み討ち取ったそうです。
平素であれば、大将がそのような匹夫の勇を奮ってはなりませんが、それだけ追い詰められていたと考えられます。馬上で槍刀を奮う義昭の雄姿は、かつての足利尊氏を彷彿とさせたのでしょうか。
とかく軟弱で陰謀を巡らせるのが好きそうなキャラクターに描かれがちな義昭ですが、本作の義昭はどんな活躍を魅せてくれるのか、楽しみにしています。
今回の戦闘で敵の襲撃を退けた経験が、義昭に自信を持たせ、次なる野望を抱かせたのかも知れませんね。
小一郎の活躍はフィクション
僧侶の扮装で敵中に乗り込む小一郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
もはやこれまでと自害を考えた義昭に対して、小一郎は「死んで満足するのはお侍だけ」「百姓はどんなに苦しくても、来年こそ豊作と信じて生き抜く」「どうか豊作の世にして下され」と説得します。
また本圀寺の僧侶になりすまして三好三人衆にハッタリをかまし、攻撃を思いとどまらせて時間を稼ぎました。
真に受ける方はいないと思いますが、これらのエピソードは大河ドラマのフィクションであり、そのような史料は確認できません(もしあったらご教示ください)。念のために記しておきます。
ただ物語としては、百姓上がりとして小一郎の訴えたいメッセージが伝わるし、いつ(偽僧侶だと)バレやしないか視聴者の緊張感を高めていました。
要は面白きゃ細かなことは言いっこなしです(言っていたらキリがありませんし)。創作は創作として、これからも楽しんで行きましょう。
「あの二人をわしのものに」義昭の胸中
無事の再会を喜ぶ小一郎と藤吉郎。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
堺の牢人衆を雇い入れて援軍に駆けつけた藤吉郎秀吉。こちらもフィクションながら、伏線が回収できて何よりです。
どんな窮地にあってもお互いを信じて見捨てない……そんな豊臣兄弟を、義昭は羨ましく思ったのでしょうか。
光秀に対して「あの二人をわしのものにできないか」とつぶやき、意味ありげな視線を向けていました。
やがて義昭が信長と対立していく中で、小一郎と藤吉郎秀吉に対して、どんなアプローチを試みていくのかが気になります。
小一郎の言葉どおり、義昭は何があってもしぶとく生き延びたのですが、これからの展開に期待しましょう。
第12回放送「小谷城の再会」
第12回放送「小谷城の再会」。NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」公式サイトより。🄫NHK
「豊臣兄弟!」浅井長政と市の関係に暗雲…次回3月29日放送のあらすじ&場面写真、相関図が公開かくして窮地を切り抜けた義昭と、その無事に安堵したであろう信長。もし義昭が討たれでもしたら、信長の天下一統計画は大きく狂っていたはずです。
さて、次週の第12回放送は「小谷城の再会」。恐らくお市がフォーカスされるものと思われますが、それよりも小一郎の正室となる慶(吉岡里帆)の初登場に注目しましょう。
それと予告編で、寧々(浜辺美波)がなぜ泣いているのかも気になるところ……また?あのハゲネズミが浮気でもしたのかも知れません。
あまり荒事はないようですが、水面下での政争に注目したいと思います。
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