なぜ絵馬は「馬」なのか?縄文から古墳へ続く土偶・鳥・馬に託された古代日本人の“祈りの系譜”を辿る (2/3ページ)

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祈りの道具や儀式の形は、社会的な立場や生活のありようによって多様化していったと考えられています。

古墳時代、特別な存在として捧げられた「馬」

弥生時代に空を飛ぶ「鳥」に託された祈りは、古墳時代に入ると、その主役を大地を駆ける「馬」へと移していきます。

日本列島に馬が渡来したのは、弥生時代の末期頃と考えられています。当時の馬は、誰もが持てる身近な家畜ではありませんでした。古墳から出土する豪華に装飾された「馬具」や、馬にまたがる「騎馬像の埴輪」が示す通り、馬は限られた有力者だけが手にできる特別な移動手段であり、権威の象徴だったのです。

その圧倒的な力強さやスピードから、馬には願いを託すに足る霊力があると考えられていたようです。

また、生きた馬の代わりに、土で作られた「土馬(どば)」を川に流したりするなど、祈りの形は少しずつ変化を見せ始めます。

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土馬 出典:ColBase

「絵馬」の誕生

時代が進むと、生きた馬や土馬に代わり、板に馬の絵を描いて奉納する、現代の「絵馬」の原形が登場します。

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