3人に2人が討死!『豊臣兄弟!』で描かれる“金ヶ崎の退口” 絶体絶命の小一郎&藤吉郎はどう生き延びた?
時は元亀元年(1570年)、織田信長(小栗旬)は朝倉義景(鶴見辰吾)を討つため越前国(福井県東部)へ出兵しました。
勇戦のすえに金ヶ崎城を攻略したものの、近江国(滋賀県)の浅井長政(中島歩)が離反し、織田の背後を突くとの急報に接します。
このままでは挟み撃ちで滅ぼされる……信長は我先に京都へと逃げ出しました。
追撃を食い止める殿軍(しんがり)を仰せつかったのは木下藤吉郎秀吉(池松壮亮)。弟の小一郎長秀(仲野太賀)らと力を合わせ、死地を切り抜けねばなりません。
これが後世に名高い「金ヶ崎の退口(のきぐち)」、果たしてどんな戦いを繰り広げたのでしょうか。
今回は『絵本太閤記』より、豊臣兄弟らの活躍を紹介。大河ドラマ『豊臣兄弟!』を楽しむご参考にどうぞ!
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殿軍を拝命した藤吉郎と小一郎は、わずかな兵で占領したばかりの金ヶ崎城に立て籠もります。
迫りくる朝倉の軍勢は3万5千、まともに戦えばとても勝ち目はありません。
ところで金ヶ崎の退口では、豊臣兄弟だけでなく、明智光秀(要潤)や池田勝正(いけだ かつまさ)らも殿軍を務めていました。
命懸けの栄誉を求めたのか、あるいは秀吉だけでは心もとないと思ったのか……いずれにしても、総勢3千ほどだったと言います。
ちなみに『徳川実紀』では徳川家康(松下洸平)も殿軍に加わったことになっていますが、これは家康を美化する創作でした。
ともあれ10倍以上の敵を迎え撃つにはどうするか、秀吉は知恵を絞ったようです。
敵の大軍から逃げ延びるには?
秀吉が考えた策はこうでした。
一、小一郎にわずかな兵で金ヶ崎城を守らせ、敵の囮にする。
一、周囲には篝火を焚き、敵を警戒させる。
一、自分たちは伏兵として周囲に潜み、夜襲をかける。
一、敵が混乱している隙に自分たちは逃げ出す。
これを実行するには、最初の一晩が勝負です。
夜が明けて、城内がほとんど無人と知られたら、たちまち攻め滅ぼされてしまうでしょう。
ちなみに光秀や勝正の配置や任務は不明です。恐らく「猿の命令など聞けるか!」とばかり、自由行動をとったものと考えられます。
敵の大軍に囲まれ、耐える小一郎
そうこうしている内に日が暮れて、朝倉の軍勢が金ヶ崎城に到着。たちまちの内に完全包囲しました。
もし城攻めの号令がかかったら、たちまち小一郎たちは血祭りに上げられてしまうでしょう。しかし小一郎たちは気丈に耐えました。
そして周囲ではありったけの篝火を焚き、少しでも多くの織田兵がいるように見せかけます。
「どうせハッタリだろうが、万が一罠という可能性もある。夜が明けたら、一気に攻めつぶしてやろうではないか」
……と判断したのか、警戒はしつつも今夜は攻めて来ないようでした。
これで小一郎たちの命は数時間だけ延びます。この好機を活かさねばなりません。
3人に2人が討死という激戦
そして夜がとっぷりと更けたころ、秀吉は朝倉の陣に夜襲をかけました。
「かかれーっ!」
ありったけの兵をかき集めて殴り込み、敵を縦横無尽にかき回したことでしょう。
この機を逃さず、小一郎たちも城内から出撃しました。
「生き延びたくば、一気に駆けろ!」
もう無我夢中で斬り回り、文字通り血路を拓いたことでしょう。
明智や池田の軍勢も、武功の機会を逃してなるものかと大暴れ。朝倉軍は総崩れとなって、這々(ほうほう)のていで逃げ帰ったということです。
『絵本太閤記』によると、この戦闘で朝倉方は8千もの死傷者を出したと言います。
一方『多聞院日記』では、秀吉たちも2千の損害を出したと記録されました。およそ3人に2人が命を落とす死闘だったのです。
終わりに
今回は信長主従にとって人生最大級の窮地であった「金ヶ崎の退口」を紹介しました。
背中を預けていた長政から手痛い打撃を受けた信長は、間もなく姉川の合戦で浅井・朝倉を撃破し、徹底的に滅ぼします。
秀吉の名を高めるキッカケとなった名場面がどう描かれるのか、仲野太賀&池松壮亮らの好演に期待しましょう!
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