お寺の香炉で煙を浴び身を清める風習はなぜ?宗教を超えて広がる“煙”による祈りと浄化の思想

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お寺の香炉で煙を浴び身を清める風習はなぜ?宗教を超えて広がる“煙”による祈りと浄化の思想

この間寺めぐりをしていて、本堂の前にある大きな香炉「常香炉」から出る煙を浴びました。「この習慣はなぜだろう?」と、疑問に思ったことはありませんか?

線香の煙には「汚れを祓い、心身を清める」力があるとされ、体の悪いところに煙をあてると良くなるという信仰があります(頭に浴びれば知恵がつく、膝にあてれば痛みが和らぐなど)。みなさんも一度は、お寺の前で煙を浴びたことがあると思います。

また、仏前でもお線香をあげる「焼香」をしますよね。これは仏教だけなのでしょうか?いつから行われているのでしょうか?

各宗教での捉え方をご紹介します。

日本の香炉(イメージ、フォトACより)

宗教の「煙」 仏教では清めのアイテム

仏教は拝火教(ゾロアスター教)の流れを汲みます。拝火教とは世界一古い宗教の一つといわれ、古代ペルシア(現在のイラン)が発祥。世界3大宗教の基礎になっています。ゾロアスター教は、最高神アフラ・マズダを光(善)の象徴として火を崇め、「火」を介して祈りを捧げます。

中国の香炉(イメージ、フォトACより)

密教の真言宗や天台宗などでは、護摩焚きという儀式があり、こちらも火と煙による浄化の側面が強いものです。

本尊の前で薪を焼き、その炎で煩悩を焼き尽くします。持ち物(バッグや財布など)を護摩の煙にかざして清める「護摩加持(ごまかじ)」を行うこともあります。

また、古来より、火や煙は「あの世とこの世をつなぐもの」と考えられてきました。こちらも拝火教の煙で死者の魂を呼び寄せる影響のようです。煙を焚くと亡くなった愛しい人が現れる「反魂香(はんごんこう)」というモチーフは、『源氏物語』など多数の古典に登場します。

香りの良い煙は「仏様の食べ物(香食)」とも言われ、供養と浄化の両方の意味を持っています。ただ、仏陀は匂いの強い物は良くないとしているため、香料の少ない線香を焚くようになったといわれています。

見立反魂香(鈴木春信、江戸時代・18世紀)

キリスト教

カトリックや東方正教会などの伝統的なキリスト教のミサ(礼拝)では、鎖で吊るされた金属製の器を振り回す「振り香炉」というものがあります。鎖を持って振ることで、中の炭に空気を送り込み、煙を絶やさず大量に出し、参列している信者たちに向かって振られます。

これは、聖書(詩編 141:2)にある「わたしの祈りが捧げる香の煙のように立ち昇りますように」という一節の再現で、信者の祈りが神に届く様子を表しています。

ちなみに中に入っているのは、主に乳香という樹液の樹脂。イエス・キリストが誕生した際、東方の三博士が捧げた「黄金・乳香・没薬」の一つとしても有名です。

振り香炉(Nina Aldin Thune、Wikipediaより)

北米や中南米

北米や中南米の先住民族にとって、やはり煙は邪気を払うものとして扱われてきました。
ネイティブ・アメリカンには「スマッジング」という風習があり、ホワイトセージなどのハーブを焚き、その煙を体に浴びせたり空間にこもらせて、悪いエネルギーを追い払うことで精神をクリアにすると信じられています。

また、次回の記事で後述しますが、煙草は単なる嗜好品ではなく、神や精霊と交信するための神聖な植物でした。

煙草の煙は「天(神)へと昇っていく祈り」そのものと考えられています。

ここまで煙というものが、洋の東西問わず、清めるという意味をもつことがわかりました。しかしなぜ人間がそのような考え方を持ったのかまではわかりません。

前述した聖書の下りのように、立ち上る煙が魂や天界に通じるイメージを持ったという視覚的要素が強いように、筆者は考えます。

また、実利の面もあります。昔は建物そのものを燻すことで害虫駆除もしていましたし、昔は風呂の風習がなかった人々の、体臭を消す役割もあったようです。

そういった直接的な恩恵により煙=清浄のイメージが人間に根付いたのかもしれません。

次回の記事では、煙草と人間の歴史を紹介します。

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