朝ドラ「風、薫る」娘を支え、孫娘との哀しい別れ…りんの母・美津(水野美紀)のモデル、大関哲の生涯 (2/3ページ)

Japaaan

長じた哲は、同じ下野国黒羽藩の家老・大関弾右衛門と結婚。二人の間に生まれたのが、次女・和と三女・釛(一ノ瀬安のモデル)でした。

朝ドラ「風、薫る」娘に遺した志…ヒロインの父・一ノ瀬信右衛門(北村一輝)のモデル・大関弾右衛門の生涯

大関家の家禄は200石。天下泰平の時代であれば、何不自由のない恵まれた暮らしを送れたはずでした。しかし時代の変転は突如として訪れます。

慶応3(1867)年10月、将軍・徳川慶喜が朝廷に政権を返上(大政奉還)。260年以上続いた徳川幕府の時代は終わりを告げました。

黒羽藩においては、12月に藩主・大関増裕が死去。薩摩と長州の新政府に協力することを拒んでの自害だったとも伝わります。

哲の夫で家老の弾右衛門は、翌慶応4(1868)年3月に職を辞して帰農。同年には元号は明治となり、日本は新時代を迎えます。

一家は帰農を試みますが失敗。上京して生活環境を変えようと奔走していました。しかし明治9(1876)年、夫・弾右衛門が流行病を得て病没。50歳という若さでのことでした。

大黒柱を失った大関家は、哲と娘たちに託されていきます。

娘の結婚と離婚!孫たちを守り支えたのは哲だった

哲の人生はまたもや大きな転機を迎えます。

明治9(1876)年、次女・和が渡辺福之進豊綱と結婚。福之進は元黒羽藩次席家老の次男でした。

「朝ドラ「風、薫る」娘を支え、孫娘との哀しい別れ…りんの母・美津(水野美紀)のモデル、大関哲の生涯」のページです。デイリーニュースオンラインは、大関哲一ノ瀬美津風、薫る水野美紀朝ドラカルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る