2024年紅麹事案 研究解説「我々紅麹業界に何が起こったか」 行政は本当にプベルル酸を同定できているのか その1——小林製薬提出資料より——(科学編) (3/4ページ)
純度95.4%の試料を用いた動物実験の結果を、プベルル酸単体の毒性として帰属させることは科学的に許容されない。これは同定の不完全性と毒性評価の無効性を同時に示すものである。
3 論点③ NMR解析の三重の不備——構造確定の最終証拠が存在しない
小林製薬提出資料P16では、1H-NMRおよび13C-NMRのシグナルを文献値と比較することによって構造同定を主張している。しかしこの解析には以下の三つの致命的な不備がある。
【第一の不備】 構造類縁体との鑑別が行われていない
プベルル酸が属するトロポノイド系化合物には、分子式・分子量が近接した構造類縁体が複数存在する(stipitatic acid、viticolin A〜C等。P19引用のScientific Reports論文にも列挙されている)。これらはNMRの数値が一部近似・重複するため、文献値との数値比較のみによる鑑別は成立しない。
【第二の不備】 測定条件の記載がなく、互変異性体の影響が排除されていない
トロポノイド系化合物はケト-エノール互変異性を示すことが知られており、測定溶媒・pH・温度によってNMRシグナルのパターンが変化する。提出資料には測定条件の記載が確認できない。測定条件が文献と同一でなければ、数値の「一致」の評価自体が根拠を失う。
【第三の不備】 X線結晶解析が存在しない
天然物の構造確定において、NMRおよびHRMS(高分解能質量分析)は有力な証拠であっても最終証拠ではない。完全同定の最終証拠はX線結晶解析(単結晶X線構造解析)である。コンパクチン、アフラトキシンの構造確定はいずれもX線結晶解析を経ており、日本薬局方においても新規不純物の同定基準として最終的にX線結晶解析が求められる。小林製薬の有識者会議提出資料にX線結晶解析のデータは存在しない。
これら三つの不備は独立しており、いずれか一つが解消されても残りが問題として残る。NMR比較のみによる同定主張は、科学的に「完全同定」の要件を満たさない。