知識は独占させない!幕末、福沢諭吉が幕府の洋書税に激怒した理由…その後の転機とは (2/4ページ)
開国で西洋文化が流れ込み、洋書の需要が高まると見た幕府は、洋書を独占的に輸入し、税をかけて売ることで財源にしようとしました。
幕府は慶応三年にはアメリカへ使節を送り、その際に大量の洋書を買い入れるよう命じます。 その役目を負ったのが、英語通訳として同行していた福沢諭吉でした。
しかし諭吉は、独学で英語を学び、西洋の知識を広く日本人に伝えることが重要だと考えていました。
そんな彼から見れば、洋書を高く売りつける政策は文明開化を妨げる行為にしか見えません。 諭吉は御国益掛の役人に「幕府が儲けるための手助けはしたくない」と強く反発します。
この態度は使節団の上層部に嫌われ、「もう役目は終わったから帰れ」とまで言われたと伝えられています。
帰国後、諭吉は幕府の役職を解かれ、幕臣としての立場を失いました。 この出来事が、諭吉が幕府外の立場の人間として明治維新を迎える大きな転機となったのです。
自由への転換糞尿税と洋書税に対する諭吉の反発は、単なる不満ではありませんでした。 それは、知識を独占させないという彼の強い信念の表れでした。