看板・引札でたどる明治の商い 約200点の資料を展示 たばこと塩の博物館で4月25日から開催 (3/3ページ)
明治時代には江戸看板の定型を引き継ぎつつ、庇(ひさし)の上に掲げる看板の大型化、軒行灯(のきあんどん/ガス灯)の登場など、新たな要素が加わっていきました。
■第2部 客の呼び方
得意先の数や質は、今以上に経営を大きく左右するもので、引札も得意先に配るものでした。現在でいえばチラシよりもダイレクトメールに近く、冒頭に「口上(こうじょう)」と記し、日ごろの愛顧に感謝する挨拶文に始まり本題に入るといった、定型化された文体が用いられました。
一方、戯作者に気の効いた宣伝文を依頼したり、宣伝文ではなく絵が主役の絵びらを配ったりすることもありました。もらってうれしい印刷物を配って、得意先との関係維持を図ることも、引札が担う役割のひとつでした。
■第3部 変わる商い
明治後期になると、工業や流通の発達に伴って、全国に自社製品を流通させるメーカーが増えました。
また、繊維品、ビール、たばこなどの業界では、メーカーが特定の販売店と特約店契約を結び、卸し先を絞り込んでメーカーに有利な販売網を築く動きが広がりました。
特約店の効果を発揮すべく、商標が広く認知、信頼されるよう、各社が自社の商品看板や引札を特約店に行き渡らせたり、新聞広告を出したりして、認知度や信頼の向上に努めました。
効能の説明や商標の信頼性が重要な製薬業では、すでに江戸時代から商品広告が発達していましたが、明治時代には他業界でも商品広告が工夫され、全国規模で宣伝競争が激化していきました。
(出典元の情報/画像より一部抜粋)
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※出典:プレスリリース