『豊臣兄弟!』秀吉と小一郎はなぜ“羽柴”に?やがて徳川家康まで名乗らされた姓の正体

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『豊臣兄弟!』秀吉と小一郎はなぜ“羽柴”に?やがて徳川家康まで名乗らされた姓の正体

大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?

第18回放送「羽柴兄弟!」では、いよいよ藤吉郎秀吉(池松壮亮)と小一郎 長秀(仲野太賀)が、これまでの木下(きのした)から羽柴(はしば)に改姓するようです。

なぜ二人は「羽柴」になったのか?今回はその謎に迫ってみましょう!

丹羽+柴田÷2=羽柴?

羽柴筑前守秀吉。歌川豊宣筆

秀吉が木下から羽柴に改姓したのは、元亀4年(1573年)7月20日と言われています。朝倉義景(鶴見辰吾)や浅井長政(中島歩)が滅亡する直前ですね。

その由来は竹中重門(半兵衛の子)が記した秀吉の伝記『豊鑑(とよかがみ)』に伝えられていました。

……信長の心に叶ひののじる柴田修理亮勝家、丹羽越前守長秀とかやいひしかば、其人(そのひと)の名字を、一字づゝ賜らんとて、丹羽の羽に、柴田の柴をそへ、羽柴筑前守と改給(あらためたまい)しとなり……

※『豊鑑』より

【当時】信長の心に適う≒織田家中でも重用されていた柴田勝家(山口馬木也)と丹羽長秀(池田鉄洋)から苗字を一文字ずつもらい、秀吉は羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)と名乗るようになった。

戦国ファンの中でもよく知られた説ですね。この『豊鑑』については史料として信憑性に欠ける部分もありますが、他に羽柴姓の由来を紹介する説もないようです。ともあれ秀吉は羽柴筑前守と称するようになったのでした。

まだ「木下」を使っていた小一郎

歌川豊宣「新撰太閤記 稲葉山落城」より、奮戦する羽柴小一郎秀長(中央)

かくして羽柴筑前守となった秀吉。しかし小一郎の方は、もうしばらく木下の姓を使用していたようです。

「羽柴」小一郎長秀の署名が使われるようになるのは天正3年(1573年)以降で、それまでは秀吉一人が羽柴の姓を使っていました。

秀吉一人が勝手に名乗り始めた羽柴の姓が周囲に認められて、それなら我らも使おうじゃないかと、小一郎や一族の者たちもならったのでしょうか。

羽柴の姓を使わなくなる秀吉

秀吉と言えば、姓など名乗らずともわかるだろうという傲慢さ(画像:Wikipedia)

このように羽柴の姓は周囲から認められるようになりました。しかし秀吉が立身出世すると、あまり使われなくなったようです。

もちろん秀吉は死ぬまで羽柴(豊臣は本姓であり、姓とは別)だったのですが、いちいち署名しなくなったのでした。

特に主君である織田信長(小栗旬)の死後、織田政権を乗っ取った天正10年(1582年)以降は傲慢に振る舞い、署名もぞんざいになっていきます。

書状を発給する際は家臣名義の奉書とし、自分で署名する時はただ「秀吉」のみ。ひどいものだと花押(かおう。サイン)や印判(ハンコ)だけなんてのもありました。

奉書とは相手に直接出さず、家臣に用件を口頭で伝えて家臣から相手に「ウチの殿があなたにこんなことを言っていました」という内容で出す書状です。

実に上から目線で、周囲が反感を覚えようと知ったことかとばかりの傲岸不遜ぶりが、さすが天下人と言ったところでしょうか。

秀吉が最後に羽柴の姓を署名したのは、天正13年(1585年)10月13日付で出された遠藤基信(えんどう もとのぶ。伊達政宗家臣)への書状だったそうです。

家臣たちに羽柴の姓を大盤振る舞い

羽柴を名乗らされた家康(画像:Wikipedia)

秀吉自身は羽柴の姓を使わなくなった一方、家臣や大名たちには大盤振る舞いしました。

上杉景勝・宇喜多秀家・織田秀信・蒲生氏郷・佐竹義宣・佐々成政・島津義久・伊達政宗・長宗我部元親・徳川家康・前田利家・毛利輝元・最上義光……等々。

※50音順、諸説あり。

かつてライバルだった者たちに対して「羽柴一族の軍門に屈した証」を与えたかったのでしょうか。あるいは羽柴一族で日本中を固めたかったのかも知れませんね。

豊臣家が衰退・滅亡するにともないほとんどの者が羽柴の姓を使わなくなったものの、羽柴の姓は戦国末期から江戸初期まで一時代を彩ったのです。

終わりに

今回は秀吉や小一郎が名乗った羽柴の姓について紹介しました。

果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、二人の改姓がどのように描かれるのでしょうか。また改姓にともなう新たな展開も気になるところです。

これからも二人の活躍を見守り続けていきましょう!

※参考文献:

黒田基樹『羽柴秀吉とその一族』角川選書、2025年5月 黒田基樹 編『織豊大名の研究13 羽柴秀吉一門』戎光祥出版、2024年11月 柴裕之 編『シリーズ・織豊大名の研究 14豊臣秀長』戎光祥出版、2024年11月

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