『豊臣兄弟!』秀吉と小一郎はなぜ“羽柴”に?やがて徳川家康まで名乗らされた姓の正体 (1/4ページ)

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『豊臣兄弟!』秀吉と小一郎はなぜ“羽柴”に?やがて徳川家康まで名乗らされた姓の正体

大河ドラマ「豊臣兄弟!」皆さんも楽しんでいますか?

第18回放送「羽柴兄弟!」では、いよいよ藤吉郎秀吉(池松壮亮)と小一郎 長秀(仲野太賀)が、これまでの木下(きのした)から羽柴(はしば)に改姓するようです。

なぜ二人は「羽柴」になったのか?今回はその謎に迫ってみましょう!

丹羽+柴田÷2=羽柴?

羽柴筑前守秀吉。歌川豊宣筆

秀吉が木下から羽柴に改姓したのは、元亀4年(1573年)7月20日と言われています。朝倉義景(鶴見辰吾)や浅井長政(中島歩)が滅亡する直前ですね。

その由来は竹中重門(半兵衛の子)が記した秀吉の伝記『豊鑑(とよかがみ)』に伝えられていました。

……信長の心に叶ひののじる柴田修理亮勝家、丹羽越前守長秀とかやいひしかば、其人(そのひと)の名字を、一字づゝ賜らんとて、丹羽の羽に、柴田の柴をそへ、羽柴筑前守と改給(あらためたまい)しとなり……

※『豊鑑』より

【当時】信長の心に適う≒織田家中でも重用されていた柴田勝家(山口馬木也)と丹羽長秀(池田鉄洋)から苗字を一文字ずつもらい、秀吉は羽柴筑前守(ちくぜんのかみ)と名乗るようになった。

戦国ファンの中でもよく知られた説ですね。この『豊鑑』については史料として信憑性に欠ける部分もありますが、他に羽柴姓の由来を紹介する説もないようです。

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