終戦直後の日本は脱税天国!?脅迫・火炎瓶投げ込みまで起きた税務署と納税者のギスギスした関係史 (2/3ページ)
税務調査の妨害、税務署員への脅迫、さらには税務署長宅への火炎瓶投げ込みまで発生し、税務署と納税者の関係は極めて険悪だったのです。
制度の急激な転換と戦後の混乱が重なり、税金を巡る対立は深刻な社会問題となっていきます。
この状況を改善するため、昭和二十四年にアメリカの経済学者シャウプが来日し、シャウプ勧告を発表します。
この勧告では目標額制度の廃止が提案され、納税はあくまで申告に基づくべきだとされました。また所得税は累進課税を基本とし、より厳格な制度運用が求められました。
青色申告の誕生シャウプ勧告を受け、昭和二十四年に導入されたのが青色申告制度です。
これは「きちんと帳簿をつければ税金を割り引く」という制度で、申告書が青色だったことからこの名がつきました。一方、通常の申告は白色申告と呼ばれるようになります。
本来、帳簿をつけるのは中小事業者の義務なのですが、当時の中小事業者の多くは記帳ができず、申告制度が機能していませんでした。
