【豊臣兄弟!】小一郎が断ち切った“憎しみの連鎖”…我が子を取り戻した慶と夫婦の絆を深めた第19回を考察
「与一郎を抱きしめとうございます」
「相分かった」
「豊臣兄弟!」第19回『過去からの刺客』。ようやく、小一郎(仲野大河)の妻・慶(吉岡里帆)が秘めていた思いを言葉にしました。慶は、豊臣に嫁いできてからの7年間、ずっと心の中でこれだけを願っていたのでしょう。
先週から新章に突入した「豊臣兄弟!」。今回は、織田信長(小栗旬)の長男・織田信忠(小関裕太)と三男・織田信孝(結木滉星)、信長の弟織田信勝(中沢元紀)の長男・織田信澄(緒形敦)と、のちに若くしてその人生を終える織田家のプリンスたちが登場しました。
そして、大きな転機を迎えたのが小一郎と慶の夫婦関係です。謎めいた慶が抱えていた“秘密”と、慶の子や義理の父と母の存在が明らかになりました。
大切な誰かを奪われた憎しみや恨みを、抱え続けて生きることの辛さ。
その憎しみや恨みを誰かのせいにして晴らそうとする虚しさ。
小一郎は、そんな長年の憎しみの連鎖に終止符を打ち、確固たる夫婦の絆を結びました。
今回は、小一郎と慶の関係、養父母と慶の関係に注目し、第19回『過去からの刺客』を考察してみました。
慶が密会していた男を見つけた藤堂高虎小一郎が、安藤守就(田中哲司)の娘・慶と結婚し7〜8年ほどの月日が流れました。慶には、織田の敵、斎藤龍興(濱田龍臣)に仕えた重臣で、稲葉山での戦いで討ち死にした夫がいました。そのため、敗戦の引き金となった“斎藤家から織田家に父が寝返るきっかけを作った”小一郎を恨みに思っていました。
嫁いできたとき「この身はあなたに差し出します。でも、心は織田の者には指一本たりとも触れさせぬ!」と宣言した慶。以来、心が通い合う場面はずっとありませんでしたね。
妻が男と密会していることには素知らぬ顔をしていた小一郎ですが、藤堂高虎(佳久創)に密会場面を告げられたうえに「女房が密通していてもかまわぬのか?」と、直球で突っ込まれ、「ちくしょ〜!」と外に向かって叫ぶ小一郎。気にしてたんですね、かなり。
「恋女房を寝取られるなどわしなら我慢できぬ」と、率直に小一郎をえぐる高虎。実は、200ヶ条からなる『藤堂高虎遺訓』、というものがあるのですが、夫婦についての項目に、
「女房に冷たくあたる者は、大いに人の道からはずれている。他人同士が守り合い夫婦となるのは過去からの約束である」
という一文があります。こんなロマンティックな言葉を綴る人だったのですね。「惚れてまうやろ〜!」なエピソードです。
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無骨者に見えて、「夫婦」に関してはロマンティックな一文を残した藤堂高虎。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より
「憎しみ」を抱き続ける辛さを知った慶慶のことでずっと気になっていたのは、小一郎や豊臣一家と接しながら「織田憎し」の気持ちをずっと持ち続けるのは、辛いことだろうなということ。そんな慶の心を支えていたのは、亡夫との子、与一郎(高木波瑠)だったのですね。
夫は戦で殺され、子は祖父母に奪われるという地獄に突き落とされた慶。絶望で命を絶たなかったのは、「命よりも大切な我が子を見守る」ことでした。ときどき会う村川竹之助(足立英)に、子の様子を聞くことだけが心の支えだったのでしょう。
けれども、見守っているうちに、与一郎に「憎しみ」を植え育てる義理の父の育て方に不安を覚えたようです。
ドラマ内では、義理の父・堀池頼昌(奥田 瑛二)と義理の母・絹(麻生 祐未)は、斎藤家に仕えた慶の亡夫の父母で今は百姓として生計を立てています。
二人は実在の人物かどうかは不明です。けれども、慶自身も大河ドラマならではのオリジナル人物。
史実では小一郎の正妻は法号を「慈雲院殿」と伝わりますが、秀長との婚姻時期も定かではなく、子を産んだかどうかも当初の資料では確認できないそう。
「豊臣兄弟!」のチーフプロデューサー松川博敬氏によると、秀長の妻についてはほぼ何も分かっていなかった状況なので、「正妻の慈雲院殿と別妻の摂取院光秀という2人がいた」という史実の上でオリジナルキャラクターを設定したとか。
そして、秀長と慈雲院殿の間に与一郎という嫡男がいたことに基づいてストーリーを練ったそうです。
「慶」の名前は、「慈雲院殿芳室紹慶大禅定尼」の「慶」が「ちか」と読むことを知り、監修の専門家(※)にも相談し決まったそうです。
※黒田基樹氏(専門は日本中世史。駿河台大学教授。主な著書に「羽柴秀長の生涯」(平凡社新書)ほか)と、柴裕之氏(専門は日本中世史。東洋大学文学部非常勤講師。主な著書に「羽柴秀長 秀吉の天下を支えた弟」ほか)
高野山奥之院の参道にある『豊臣家墓所』の案内板。(撮影:高野えり2026.3)
高野山奥之院の参道にある『豊臣家墓所』。(撮影:高野えり2026.3)
慶の傷は義理の父、堀池頼昌に斬られたときのもの慶は、肩にある大きな刀傷をいつも気にしていました。戦の時に織田家の家臣に背後から斬られたのか?と想像していましたが。
まさか、まさか、義理の父・堀池頼昌に斬られたとは。赤ん坊の与一郎を抱き逃げようとする慶を「渡さぬ!」と背後から切りつけた頼昌。慶のこの傷跡の数センチ先には、母にしがみ付いた赤ん坊の与一郎の手がありました。
一歩間違えば、孫の指を落とす位置を斬り付けた頼昌。武器も持たない慶を後ろから斬り付けるという武士にあるまじき行為ですが、孫の手も切り落とす可能性があったことも気にせずに斬り付けるとは。この段階で、恨みで我を忘れ錯乱していたのでしょうか。
この傷を付けたのは、慶の義父だったとは。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
憎しみを我が子に植え付ける頼昌に物申した慶の覚悟怨嗟の世界で生きてきた頼昌。その負の感情は、すべて与一郎に「織田への憎しみ」を植え付ることに向かっていました。
小一郎とともに与一郎を取り戻すべく慶が、堀池の家を訪れたとき。慶が与一郎を「立派に育ててくれた」と礼をいいお詫びをして頭を下げたときには、「いやいやいや、こんな祖父に礼も詫びもする必要はない!」と思いましたが。
その直後。「今さら返して欲しいとはいいません」と言いつつも、
「与一郎に恨みを晴らさせることだけはもうおやめください。
憎しみだけで生きていくのはあまりにも苦しくて。与一郎にそんな思いをさせたくありません。
もしそれでお気持ちは済まぬというのなら、私をお討ちくださりませ。」
表情ががらりと変わった慶。頼昌の心臓を突き刺さんばかりの眼差しで告げます。たじろぎ動揺する頼昌は「上等じゃ〜」とばかりに立ち上がり息子の太刀を抜いて斬ろうとして見せるのですが、与一郎に「母を斬るな」と制されます。
さらに、妻の絹に手を押さえられ「もうよしましょう」と言われ、毒気を抜かれたように刀を落とします。頼昌は慶を斬ってから刀を抜けなくなったとか。この人はこの人なりに苦しんできたのでしょう……けれども。
慶の覚悟に激昂して刀を抜こうとするも。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
憎しみの連鎖に終止符を打ったMVPは絹今回長年の憎しみの連鎖に終止符を打ったのは、小一郎の誠実でまっすぐな言葉による交渉術もですが、やはりMVPはなんといっても母の絹。
慶の覚悟、与一郎の思いをぶつけられ、部屋に飾った亡き息子の甲冑にすがり謝る頼昌を見て、「違った生き方をしてきたことの幕引き」を決めたのでしょう。
息子の甲冑を愛おしそうに泣きながら眺めた直後、ドンガラガラガッシャ〜ンとばかりに床に思い切り打ち倒して「これは、頼広などではありませぬ!」と夫を叱咤。
「わたくしたちの頼広は、いつももっと優しく、笑っておりました」
「そうよね、おちか」
偶像崇拝のように甲冑に縋り付き、孫に織田家への憎しみを植え続ける夫は間違っていること、そして苦しんでいることを、誰よりも分かっていたのでしょう。
古今東西、母が愛しい息子の姿を思い浮かべるとき、その姿は「戦場で敵を殺しまくる兵士」ではなく笑っていた姿が思い浮かぶはずです。
今まで「前夫」としか情報がなかったのに、ここにきて名前を持ちその人柄が浮かび上がり実態を伴ってきたのが切ないですね。
武士の誇りなどより「母として子を思う」気持ちを率直に表現した絹。彼女の度肝を抜くような行動で、夫の呪縛も解けました。
甲冑を「こんなもの」と投げ捨てた絹。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
与一郎の優しさこそ亡くなった息子そのもの「お前はどうしたい」と聞かれた与一郎は、「母上と暮らしたい!」とストレートに答えず、「おじいに教えてもらった弓でうまい柿の実をいっぱい採りたい。母上におじいやおばあにも食べさせたい」と答えるのがあまりにも思いやりに満ちていました。
祖父母へ感謝の意を込めつつも、誰も傷つけないように言葉を選び「母と共に暮らしたい」と伝えた与一郎。
「的を織田だと思って狙え」と憎しみを植え付けようとするも期待に応えない孫を叱ってばかりの祖父でしたが、ようやく「自分の息子もこんなふうに優しい子だった」ということを思い出したのだと思います。
最後は小一郎に与一郎を託し、頭を下げました。(斬り付けて負傷させ罵倒していた慶には、最後まで頭を下げて謝罪しませんでしたね。)
己の憎しみを孫に植え付けようとする祖父と、嫌そうな表情を浮かべる孫。(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
共に乱世を生きるバディとして絆が深まる小一郎と慶小一郎の心の中には「万事円満な世を作ってほしい」といっていた直(白石聖)が存在している。慶の心の中にも優しかった夫と子との日々が存在している。
けれども、誠実な対応で与一郎を取り戻してくれた小一郎に感謝し、「この命、あなたにお預けいたしまする」と誓った慶。
「旦那様」でも「殿」でもなく「小一郎さん」と呼ぶのも、ただ“夫を陰で支える妻”ではなく、「一度は生きるのを諦めようとした物同士。これからは共にこの乱世を生きましょうぞ」という対等なバディ感がありました。
慶がほかの男と密会していることにヤキモキしつつも、「何か事情があるに違いない」と、身辺調査はせず、自分から打ち明けてくれるまで待っていた小一郎。離れてた場所で子の成長を見守り、抱きしめたい思いを封印してきた慶。
お互いに、辛い思いを抱え同じ長い年月を過ごしています。だからこそ、相手の思いがわかるのだと思います。
「血が繋がってなくても大丈夫」母・なかの言葉が蘇る(NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより
「実の子ではなくても似てくる」という母の言葉が伏線「兄弟」がベースにあるこのドラマ。兄弟だけではなく、兄妹、親子、夫婦の愛も丁寧に描いています。
冒頭で、豊臣の揺るぎなき「おっかさま」母・なか(坂井真紀)が、藤吉郎と寧々が前田家の娘を養女にもらったとき、「実の子ではなくても一緒に暮らしているうちによう似てくるから心配するな」言ったのが、今回の伏線になっていましたね。
同じ言葉を与一郎に「そのうち(自分たちは)似てくるぞ」と教える小一郎。母・なかの言葉、母・慶の言葉、母・絹の言葉。それぞれの「母」の強さが描かれた回だったと思います。
(ちなみに、与一郎を演じた高木波瑠くんは、「べらぼう」で蔦重の幼少期を演じた子役さんだったのも感慨深かったです。)
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