朝ドラ「風、薫る」槇村宗一の実在モデルと結婚…りんの妹・安(早坂美海)のモデル大関釛の生涯 (3/5ページ)
そのままの時代が続けば、名門の家に嫁いで良い暮らしが出来る…誰もがそう思っていました。
しかし時代はすぐに暗転します。
慶応3(1867)年10月、将軍・徳川慶喜が朝廷に政権を返上(大政奉還)。江戸幕府の時代は終わりを告げました。同年12月には、黒羽藩主・大関増裕が死去。一説には明治新政府に従う道を拒んでの結末だったとも言います。
翌年、父・弾右衛門は家老職を辞任。明治政府に仕えて吏僚となる道を捨て、帰農する道を選びます。しかし帰農に失敗したことで一家は上京。新たな生活を歩み始めます。
ドラマでは、一家は4人暮らしでした。しかしモデルとなった一家は、実際はきょうだいだけでも姉の八千代、和、兄の復彦(ふくひこ)、衝(とおる)がいました。釛はきょうだいの末子にあたります。
しかしここで、またしも一家には試練が訪れました。明治9(1876)年、一家の大黒柱である弾右衛門が病没。流行病を得ての突然のことでした。
同年、姉・和が渡辺福之進豊綱と結婚。しかし結婚生活はわずか4年ほどで破綻してしまいました。
姉の看護学校入学!そのとき家族を支えたのが釛だった
長じた釛は、新たな伴侶と生活を手にしていきます。
明治17(1884)年、釛は烏山の川原健次郎と結婚。東京の大関家から烏山に川原家へ移ります。