【豊臣兄弟!】死んでも渡さぬ!史料でも松永久秀が最期まで手放さなかったとされる「平蜘蛛茶釜」の正体 (3/6ページ)

Japaaan

🄫NHK

天下の名物と謳われた平蜘蛛茶釜は、正しくは古天明平蜘蛛(こてんみょう ひらぐも)と言いました。

古天明とは茶釜のブランドである天明釜(下野国天明・栃木県佐野市産)のうち、天文年間(1532〜55年)までに作られたものを指します。

それ以降に作られた天明釜は後天明(ごてんみょう)と呼ぶそうで、少し紛らわしいですね。

※現代の市立(いちりつ)と私立(わたくしりつ)みたいに、古天明(ふる)後天明(のち)などと呼ばれたのでしょうか。

そして平蜘蛛とはその名が示す通り、蜘蛛が平べったく這っているような形状であったことから、そのように呼ばれました。

しかし蜘蛛のように平べったい茶釜とは、どんな形状だったのでしょうか。

一、蜘蛛足を連想させる八角形?

一、とにかく薄く平べったい?

一、蜘蛛のデザインが刻まれていた?

一、焼き色に蜘蛛みたいな模様が?

……などなど、色々と考えてみると面白いですね。

久秀の壮絶な最期

自刃に臨み、平蜘蛛茶釜を叩き割る久秀。

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