朝ドラ【風、薫る】“古い看病婦”ではなかった!現場の師として看護を支えた永田フユのモデル・吉村セイの実像

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朝ドラ【風、薫る】“古い看病婦”ではなかった!現場の師として看護を支えた永田フユのモデル・吉村セイの実像

朝ドラ「風、薫る」には魅力的な人物が数多く登場します。永田フユ(猫背椿)もその1人です。モデルとなったのが、明治の看病婦・吉村セイという実在した人物でした。

フユは夫を鳥羽・伏見の戦いで亡くし、その後20年間にわたって看護婦として働いていました。そして引退する直前、大関和や鈴木雅らと出逢います。

セイはトレインドナースではないものの、現場で積み上げた経験と手腕は、大関らに多大な影響を与えました。

吉村セイは何を思い、何を考え、どのような看護を目指して生きたのでしょうか。
吉村セイの生涯について見ていきましょう。

永田フユ。モデルとなったのが実在した看病婦・吉村セイ。NHK公式サイトより

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※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。

看病婦のキャリアは20年!現場の先輩としての存在感

吉村セイは、明治初期の病院現場で働いた熟練の看病婦です。

現代の感覚では「看護師」、「看護婦」と呼びたくなりますが、当時の正規教育を受けた「トレインドナース」とは異なる、従来型の看病婦というのが正しいところです。

セイの名が知られるのは、近代看護の先駆者である大関和の歩みと重なります。大関和は桜井女学校附属看護婦養成所の第一期生で、明治21(1888)年、帝国大学医科大学附属第一医院(現在の東京大学医学部附属病院)で実習を受けました。

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ここで大関和や鈴木雅らは、消毒法、包帯術、薬餌用法などを学び、日本におけるトレインドナース誕生へと進んでいきます。

その新しい看護教育の現場に、吉村セイはすでに働いていました。彼女は西洋式の学校教育で育った看護婦ではなく、長年の経験によって技術を身につけた現場の人でした。

セイは戊辰戦争で夫を失った後、約20年にわたって看病婦として働いていたとされます。帝国大学医科大学附属第一医院の前身にあたる横浜の軍陣病院が開かれたころから、病人の世話に携わってきたとされています。

桜井女学校附属看護婦養成所の第1期生たち。彼女たち(大関和や鈴木雅ら)の指導的立場となったのが吉村セイであった。

低い評価にもめげず、医療現場で縁の下の力持ちに徹する

当時、看病婦という職業の評価は高くありませんでした。

大関和が学んだ時代には、看病婦は「病人の小使」のように見られ、十分な知識も教育もない存在と考えられがちでだったようです。

ところが、セイの姿はそうした先入観を揺さぶるものでした。

彼女は手術の場で、医師に器械を的確なタイミングで渡す「器械出し」に優れていたとされます。単なる雑用係ではなく、手術の流れを読み、医師の動きに合わせて補助できる人だったのです。

セイ自身は、教科書の言葉で看護を語った人ではありません。患者の様子、医師の動作、器具の扱い、緊急時の判断を、身体で覚えていた人でした。

大関和たちのような若い見習い看護婦にとって、吉村セイは「古い看病婦」ではなく、現場を知る師でもありました。

引退を間近に控えたセイは、医療器具の扱いや応急処置など、自らが体得した看護術を後進に伝えたとされています。

また、セイは広瀬梅工藤トメのモデル)から母のように慕われたとも紹介されています。
広瀬は桜井看護学校の一期生の一人とされる人物で、後に婦人矯風会などとの関わりでも語られます。つまり吉村セイは、近代看護の制度史の中心に名前が大きく出る人物ではありませんが、若い看護婦たちの実地教育を支えた現場の先輩であり師だったといえます。

セイの晩年について、詳しい年譜は確認できません。

伝記的小説『明治のナイチンゲール 大関和物語』に登場し、後輩たちに仕事を伝えたのち、多くの見送りを受け、わずかな荷物だけを持って故郷へ帰る姿が描かれていると紹介されています。

セイの生涯は、明治の看護史における「名もなき実践者」の歩みでした。

大関和や鈴木雅が近代看護の制度を切り開いた人びとだとすれば、吉村セイはその足元で、病院現場の知恵を次代へ手渡した人です。

学校教育を受けた看護婦と、経験で鍛えられた看病婦。その二つが出会い、互いに学び合ったところに、日本の近代看護の現実的な始まりがありました。

吉村セイは、まさにその接点に立っていた女性だったのです。

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