14万人に包囲されても突撃…“越前の狂犬” 富田長繁、常識外れの戦いと24歳の非業の最期

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14万人に包囲されても突撃…“越前の狂犬” 富田長繁、常識外れの戦いと24歳の非業の最期

朝倉家が戦国大名として機能を失った後、越前国を強引な手法で支配した若武者がいました。

その人物は富田長繁(とだ-ながしげ)。目的のためなら手段を問わずに攻撃的かつ過激な行為をやり続けたことから、越前の狂犬のあだ名が付けられた人物でもあります。

では、どのような手法で越前国を支配したのでしょうか。

今回は、長繁が暴れ狂った24年間の生涯を通して、越前国を手に入れた方法を紹介します。

朝倉から織田へ寝返り

羽柴秀吉/Wikipediaより

富田吉順の子とされる長繁が歴史の表舞台に立ったのは元亀元年(1570)のこと。信長の朝倉侵攻に対して、1000人の兵を率いて戦いました。

この時の戦いで朝倉と織田の力の差を思い知ったのか、元亀3年(1572)に両軍が対峙していた際、先に寝返った桂田長俊に続いて毛屋猪介(けや-いのすけ)らと織田軍に寝返りました。同年には浅井軍の侵攻から守る羽柴秀吉の援軍に駆けつけ、猪介と共に戦功をあげる活躍をしています。

そして、天正元年(1573)に朝倉氏が滅亡すると、長繁が越前府中の領主長俊が越前守護代に任命されます。しかし、この結果に納得のいかない両者は、次第に険悪なムードとなっていきます。

民を使って越前の支配者へ

一揆のイメージ

この溜まりに溜まった不満が爆発した長繁は天正元年(1573)12月に、一揆を扇動するために長俊に不満を持つ人物たちと密談を開始します。翌天正2年(1574)1月には長俊の圧政に苦しむ民をけしかけ、土一揆を勃発させます

その中で長繁は、大将として3万を超える一揆勢を率い、長俊とその家族を斬殺。また、敵対関係や遺恨がないにも関わらず、理由もなしに同じ朝倉家臣だった魚住景固(うおずみ-かげかた)とその一族を滅ぼしました。

仁者として民に慕われていた景固を殺害したことをきっかけに、民衆の反発や他の朝倉家臣たちから距離を置かれ、徐々に求心力を失い始めます。

それでも、統治者不在の越前国を手中に収めた長繁は、領民から支持を得るために土民直訴の許可や家屋にかかる税を禁止するなどの政策を実施しました。

しかし、長繁が信長にこれまでのことを謝罪し、越前守護と認めてもらう代わりに弟を人質に出すという噂が広まってしまいます。この噂をきっかけに領民たちは長繁と手を切り、新たな大将である加賀国の一向宗門徒の七里頼周(しちり-よりちか)を中心に一致団結。

土一揆から一向一揆に変わった14万人の一揆勢は、長繁を討つために行動を起こしました。

長繁の覚悟が奇跡を起こす

一揆勢の勢いは凄まじく、天正2年(1574)2月13日に猪介を殺害し、14日には長繁のいる府中を包囲します。

窮地に陥った長繁は、勢いを削ぐために府中近くにいる2万の一揆勢めがけて突撃を開始。長繁の手勢は700人ほどでしたが、死を覚悟した兵たちの士気は高く、2,000人以上を討ち取って府中に戻りました

ここから長繁は、府中の町衆と本願寺と敵対関係にある真宗三門徒派合わせて6,500人以上を3,000石の恩賞を条件に味方につけます。そして、17日に北ノ庄城攻略に向けて北上。対する頼周率いる一揆勢も南下し、両軍は浅水で対峙します。

味方が増えても長繁の軍は劣勢でしたが、戦慣れしていた強者が多くいました。そのため、先鋒を撃破すると一揆勢は四方に散り始め、長繁は難なく勝利を収めました

狂犬の最後はあっけなく…

長繫は前漢の樊噲に匹敵するほど勇猛でした/Wikipediaより

その日の夕方、勝利で得た勢いのままに長繁の軍は、先の戦いで傍観を貫いた旧朝倉家臣の安居景健(あんご-かげたけ)と朝倉景胤(かげたね)が籠る砦に侵攻します。しかし、一日中戦い続けていたこともあり、攻め手に欠ける状態でした。

そんな状況でも攻撃を続ける長繁の無謀さに、不満を抱く者が出始めます。その不満が爆発したのか、翌18日に長繁は味方の小林吉隆に背後から鉄砲で射殺され、24歳で人生の幕を閉じました。

寡兵でありながら勝利を収めたことからわかる通り、長繁は劉邦に付き従った猛将・樊噲(はんかい)を例えに出されるくらい勇猛だったと評価されています。

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