朝ドラ「風、薫る」後に“看護婦育成”を支えることに…黒川勝治(平埜生成)のモデル・瀬尾原始の生涯 (2/6ページ)
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朝ドラ【風、薫る】フユは本当に嫌な先輩?実在モデル・吉村セイは若き看護婦を導き慕われた“人格者”だった※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。
越後高田の医家に連なる少年文久元(1861)年、瀬尾原始は菅沼家の子として生を受けました。そのため出生時の名前としては菅沼原始と名乗っています。
原始の人生が動き始めたのは、幼少期のことでした。
父の弟は越後高田藩の藩医である瀬尾玄弘です。瀬尾家は代々高田藩の藩医を務める家であり、玄弘に後継者である男子がいません。
そこで白羽の矢が立ったのが原始でした。原始は伯父・玄弘の養子に迎えられて瀬尾姓を称して、将来は医者になるべく勉学に励み始めます。
玄弘自身も医者としては卓越した技能と経歴を持つ人間でした。
慶応4(1868)年の戊辰戦争の際には、玄弘は官軍のお雇いのイギリス人外科医であるウィリアム・ウィリスの助手を務めて活動。

