朝ドラ「風、薫る」東雲ゆき(中井友望)の実在モデルは?子爵のお嬢様に突きつけられた“看護”の厳しさ

Japaaan

朝ドラ「風、薫る」東雲ゆき(中井友望)の実在モデルは?子爵のお嬢様に突きつけられた“看護”の厳しさ

NHK朝の連続テレビ小説「風、薫る」。6月1日(月)から始まった第10週のテーマは『疾風に勁草(けいそう)を』。今までのなかで一番難しい言葉を使用したテーマです。

これは古代中国からの諺「疾風に勁草を知る」から来たのでしょうか。「疾風」は急に早く吹く強い風のこと。「勁草」は風雪に耐える強い草。「激しく風が吹くことで、はじめて丈夫な草が見分けられる」という意味から転じて
▪️困難に出会い、はじめてその人の意思や信念の強さを知る
▪️耐え難いほどの試練や困難に遭遇した時こと、その人の人間の真価が問われる

などの意味を持つ言葉です。もしこの意味なら、試練が待ち受けている週になりそうですね。

先週の金曜日の回で、看病婦と看護婦見習い“ナース7”との対立構造が和らぎ、両者の間に暖かな風が吹き始めました。(この場面に流れた「劇中伴奏音楽」、初めての歌詞入り合唱曲が話題になりました。音楽担当は、スタジオジブリのアニメ映画「耳をすませば」の音楽などで知られる野見祐二さん。視聴者の間で「感動的」「ジブリっぽい」などの声があがっていました。心に沁み入る音楽でしたね。)

「経験」と「知識」が手を結び、帝都大病院における「看護」が進化に向かう明るい希望が感じられたかと思いきや。ラストで「看護」は常に「死」と身近に接する仕事なのだという厳しさを突きつけられました。

まだ見習い看護婦なのに、優しい温もりのある風から突然、疾風に直面してしまったのが、東雲ゆき(中井友望)でした。ゆきとはどんな人なのか、その存在の意味するところは……などを、ドラマの内容や史実とともに考察してみました。

※現在では「看護師」という名称ですが、この記事では当時の名称に合わせ「看護婦」と表記しています。
※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。

いつもおっとりしているお嬢様の東雲ゆきが見せた涙。(NHK「風、薫る」公式サイトより

「看護は仕事。奉仕ではない」という師の言葉が蘇る

ヒロイン、一ノ瀬りん(見上愛)が、乳がん手術で入院してきた和泉千佳子(仲間由紀恵)の担当になり、手術前夜一晩中病室で寄り添うという手厚い看護を行い、千佳子の心も落ち着き手術は無事成功。その功績は院長に認められることとなり、バーンズ先生(エマ・ハワード)も大喜びでした。

けれども、先生は「寄り添って手を尽くしたことは否定はしない」と前置きしつつも
「ただし、忘れないでください。看護は仕事です。奉仕ではありません。」と語りかけました。

手厳しい言葉ではありますが、ごもっともな言葉です。

りんの場合、今回は千佳子の手術が無事成功し術後も良好で、笑顔で退院していったのでよかったのですが。だからこそ、バーンズ先生は「『看護は奉仕ではなく仕事』と自分で戒めておかないと。覚悟を持ってこの仕事に臨みなさい。」と教えたかったのではないでしょうか。

けれども、仕事とはいえども、看護を担当し心を通わせて親しくなった患者さんが命の危機に陥ってしまったら。見習いとはいえども、何もできない・助けることができない、自分を責めてしまうのではないでしょうか。

よりによって、“ナース7”の中でも、一番「危なっかしいピュアさがある」とされていた東雲ゆきにその試練が降りかかってくるとは……厳しい展開となってしまいました。

優しくけれども本質を厳しく諭すバーンズ先生(NHK「風、薫る」公式サイトより)

桜井看護婦養成所の小池・池田がモデルか?辞めた人がモデルか?

中井友望さん演じる「東雲ゆき」は、ドラマでは、ヒロイン一ノ瀬りんと大家直美(上坂樹里)が明治19年(1886)に入学した『梅岡女学校 附属看護婦養成所』(モデルは実在した桜井女学校付属看護婦養成所)の同期生です。

ドラマでは全部で7人の同期生たち。実際、桜井看護婦養成所でも入学時は7〜8人で、途中で辞める人もいて最終的に第一期修了生は6人だったそうです。

この中でも、ご存じのように実在の人物をモデルとしているのは、一ノ瀬りんが大関和、大家直美は鈴木雅

そして、医者の娘・玉田多江(生田絵梨花)のモデルは桜川里以、青森の農家の娘・工藤トメ(原嶋凛)のモデルは広瀬梅ではないかといわれています。

残りの、32歳の最年長・泉喜代(菊池亜希子)、日本橋の呉服屋の娘・柳田しのぶ(木越明)、東雲ゆきに関しては、「○○という人物がモデル」という推測や公式の説明などは、今のところないようです。

現在の『女子学院』(旧・桜井女学校)の公式ホームページには、「大関ちかを支えた人物」として、養成所同期生5人の一人一人の個別写真と説明書があります。

桜川里い」「広瀬うめ」の写真と説明書きはあるのですが、残りの二名、小池民池田子尾という女性は写真もあり名前も掲載されているのですが、どのような人物かの説明書きはありません。

現存する桜井女学校看護養成所の資料記録をみても、「明治21年(1888)に6人の学生が養成所を卒業。卒業生の大関・鈴木・桜川・広瀬・小池・池田の6人は東大に残り、婦長などになる」という記録があるだけです。

「東雲ゆき」は、果たして、小池民と池田子尾のどちらかをモデルにしたのか、それとも途中で養成所を辞めた人を想定したオリジナルキャラクターなのか……今のところ、定かではないようです。

こちらは、養成所卒業記念写真と見られる。前列右より二人目が大関和、中央がアグネス・ヴェッチ(バーンズ先生のモデル)。wiki

子爵のお嬢様で「推し」はナイチンゲール・東雲ゆき

基本的に「風、薫る」の登場人物は、

▪️実在の人物がそのままの名前で登場しているキャラクター
▪️実在の人物をモデルにしたものの大きくアレンジしてあるキャラクター
▪️明治時代の背景を考え「こういう人たちがいた」という群像を一人に投影したキャラクター
などいろいろです。

東雲ゆきに、「これ!」と決めた実在の人物モデルがいるかは今のところ不明ですが、ドラマの設定では……

・子爵のお嬢様
・ナイチンゲールに強い憧れを抱いていて写真も持ち歩いている
・今まで通っていた梅岡女学校を中途で辞めて、附属の看護婦養成所に転入
・女学校の同級生らに「看護婦になるなんって」といやがらせをいわれてネチネチいじめられることも
・性格はおっとりしているので、なかなか言い返せないところがある
・「推し」のナイチンゲール愛が強い
・ナイチンゲールオタクゆえ、ちょっと疎まれることもあるものの純粋で自分の志を大切にしている

大人の女性という感じの穏やかなお姉さん格の泉喜代、思いついたことがそのまま口にでて面白い柳田しのぶと比べると、おっとりとおとなしい感じで、今まであまり前面には出てこない印象でした。

子爵のお嬢様、東雲ゆき(NHK「風、薫る」公式「X」より

自分の患者さんへの思いが強い

そんな東雲ゆきがはっきりと意見を言ったのは、トメと一緒に担当した心臓が悪い小野田里久(宮地雅子)の食事を勝手に看病婦が下げたときのこと。

「まだ小野田さんが食べています!」と、今まで見たことがなかった強い口調で詰め寄りました。里久は広島にいる娘と3年は会っていないと言いつつ、ゆきを娘のように思っているようでした。

里久に死期が迫っているのではないかと心配で、思わず病室でゆきが涙ぐんだのでしょうか。同じく里久の看護を担当するトメは、休憩ベンチで「泣くならここで泣いてください。小野田さんの前では泣いては…」とゆきを諭します。

そんな二人の姿をバーンズ先生は離れた場所で見守っていました。

そして、皆で夕飯を食べているとき「人には向き不向きがありますから。命と向き合う看護の仕事は特にそうです。皆さんもよく考えてください」と生徒たちに話し、沈んでいる様子のゆきをじっと見つめていました。この言葉は今後の伏線になりそうですね。

バーンズ先生は「患者さんひとりひとりの命は、当然尊いもの。けれど、看護婦は患者さんの死は避けれない。ある程度の覚悟や強い心も必要だ」ということを、ゆきに諭したように思えました。

ゆきは、心が揺れたまま朝の検温に里久のもとを訪れます。挨拶はしたものの、里久は急変。意識を失ったようです。ショックで腰を抜かしてしまうゆき。トメの「小野田さん!」という声が響きます。

「死」への覚悟が決まらないまま、いきなり「疾風」が吹きつけ倒れたゆき。どうやって立ち上がるのでしょうか。

乱暴で失礼な看病婦に対して「まだ小野田さんが食べています!」と強い口調で怒るゆき。(NHK「風、薫る」公式サイトより)

明治は、華族や上流階級の女性たちが活躍した時代

実は、明治時代、ゆきのように華族や士族などの出身で、キリスト教教育を受けて、慈善活動として看護に入った女性たちもいたという話もあります。

また、ドラマで“ナース7”が学んだ『梅岡女学校 附属看護婦養成所』のモデルとなった『桜井女学校付属看護婦養成所』の「桜井女学校」は、ミッションスクール系で、上流階級や知識階級の女性も多かったともいわれています。

もしかしたら、ゆきは、この時代に存在したそのような女性群像を一人に投影したキャラクターなのかも……などとも、想像してしまいました。

実際に、この時代、看護教育、女性教育、女性の自立、社会奉仕、慈善事業などに励み、団体を立ち上げたり、学校を創立したり、ネットワークを広げていった実在の魅力的な女性は複数います。

金曜日の「来週の予告」の一場面、看護婦のユニフォームをきたゆきは病室の窓を開けて、空を見上げてかすかに微笑んだように見えました。「空を飛んでいけたらなあ」と娘を思っていた里久の言葉を思い出しているのでしょうか。

そして、部屋で座っている生徒たちを前に、入学してきたときと同じものと思えるきれいな着物を着たゆきを抱きしめるバーンズ先生の姿。

患者さんを「助けたい」という熱意や気持ちとは裏腹に、救うことができずに一番そばで命が消えていく瞬間を見守らなければならないこともある仕事。何度も何度も打ちのめされることがあるでしょう。けれども、そのたびに立ち直るタフさも必要。バーンズ先生の言うように「向き不向き」で悩む人は少なくないはずです。

「私なりのアンサーが見つかりました」とゆきの声。ゆきなりに自分が進むべき道を見つけたのでしょうか。

打たれ弱そうに見えたけれど(前、患者さんの鼻血を見て倒れたこともありましたね)ゆきも「疾風に勁草」のように信念を持つ強い女性だったらいいな……と思いつつ、この先の展開を見守りたいと思います。

※朝ドラ「風、薫る」関連記事:

朝ドラ「風、薫る」後に“看護婦育成”を支えることに…黒川勝治(平埜生成)のモデル・瀬尾原始の生涯

朝ドラ『風、薫る』フユの夫・永田康介(じろう)への看護訪問は重要な伏線?日本初「看病婦」は戊辰戦争で誕生した

朝ドラ【風、薫る】フユは本当に嫌な先輩?実在モデル・吉村セイは若き看護婦を導き慕われた“人格者”だった

参考:桜井女学校看護婦養成所 資料
女学院 公式ホームページ

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

「朝ドラ「風、薫る」東雲ゆき(中井友望)の実在モデルは?子爵のお嬢様に突きつけられた“看護”の厳しさ」のページです。デイリーニュースオンラインは、東雲ゆき中井友望風、薫る看護明治時代カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る