朝ドラ「風、薫る」謎の女郎・夕凪(村上穂乃佳)は実在した花魁?遊郭の悲劇がつないだ“看護”の未来 (2/2ページ)
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自分は、幼い頃に教会の前に捨てられた「天外孤独の孤児」だと思っていた直美。ときどき、捨てられたとき首から下げていたというお守りをいじっていましたね。38話では、町を歩いていたときに、すれ違いざまに初老の男性に「夕凪か?」と声をかけられます。
男性は直美が「夕凪という女郎の若い頃にそっくりだ」と思いつい声をかけたようでした。さらに「いや、夕凪が生きていたらもっと年上だから、あなたのはずはない」といって去ってしまいました。
直美はそれ以上の情報を得ることはできませんでしたが、小日向寛太(藤原季節)とその男が同じ場所にいる現場を目撃。そこで、寛太に「初老の男性に『夕凪』という女郎にそっくりだと言われたこと」を話し、夕凪の情報を集めることを依頼しました。
寛太がもたらした結果は……
・『夕凪』という名前の女郎は存在する
・25年ほど前、品川の遊郭・錦栄楼で働いていた女郎だった
・けれども、夕凪は年季明けまえに男と駆け落ちした
というものでした。「夕凪は直美の母親なのか」という事実は分からない様子です。寛太に「自分を捨てた母親になぜ会いたいのか」と問われ、直美は、病院で働くようになりさまざまな人の生死に関わるうちに「自分を産んだ母親に会ってみたいと思うようになった」といいます。
そんなとき。まるで運命に導かれるように急患として病院に運ばれてきたのが、同じ「夕凪」という名前の患者でした。彼女は女郎。あまりにも偶然といえば偶然です。けれど、どう見ても患者・夕凪は直美の母親にしては若過ぎます。けれども、母親ではないとは思うものの直美は気になるようです。
この夕凪を演じるのは俳優の村上穂乃佳さん。NHKの朝ドラは初出演のようです。確かに、大きな瞳と眼差しは直美役の上坂樹里さんとどこか面差しが似ているような……けれども、村上さんはまだ30歳。20歳の上野さんの母親にしてはあまりにも若過ぎるので、別人でしょう。
夕凪を演じる村上穂乃佳さん。(NHK「風、薫る」公式「X」より)
「夕凪」のモデルは実在の遊女「花紫」!?夕凪という女性は、実在した「花紫」という遊女がモデルではないか?という説があります。
実は「花紫」という遊女のエピソードは2パターンあります。
明治時代、吉原と比べると影が薄いのですが「根津遊郭」がありました。明治10年(1877)に、東京大学が本郷富士見町の旧前田藩屋敷跡に開設し、根津遊郭には東大生がこぞって遊びに行っていたそうです。
まず「花紫」の有名なエピソードとして、小説家の坪内逍遥の話が挙げられます。逍遥は、根津遊郭の大八幡楼にいる娼妓の花紫に惚れ込み、数年間も通い詰めました。そして、二人は娼妓と客という垣根を越え、明治19年(1886)に結婚したのです。
世間からは女郎と結婚するなんてと、大バッシングを受けたものの、逍遥は生涯花紫だけを愛したそうです。ドラマの舞台、帝都医科大学附属病院に運ばれた「夕凪」のモデル、花紫とは、ちょっと違うような感じですね。
もうひとつの「花紫」のエピソードは大関和(一ノ瀬りんのモデル)の伝記に登場します。
三宮八重野(ドラマでは和泉千佳子(演:仲間由紀恵))という華族の婦人が乳がんの手術で帝都医大に入院していたことのこと。
ちょうどその頃、心中未遂事件をおこした花魁・花紫が病院に担ぎこまれてきます。その話を耳にした八重野は、自分がもらったお菓子や花などの見舞い品を大関和に頼んで、花紫に差し入れました。そしてキリスト教の愛に導くようにとことづけたのです。
傷が癒えた花紫は退院するときに八重野の病室を訪れて礼を述べ、「堅気の暮らしをする」と約束したそうです。(『大風のように生きて: 日本最初の看護婦大関和物語』亀山美知子著)
また、「風、薫る」の原案『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる著では、やはり三宮八重野の手術が終わった頃、根津遊郭の花魁が客と心中しようとカミソリで喉を切ったものの死にきれず病院に運び込まれてきます。「相手は帝国大学の学生で亡くなったらしい」と噂する看護見習生たちに、「遊郭の心中事件は、客の身勝手による無理心中が多いと聞く」と大関和が言いました。
花魁の本名は「山本キク」。大関和は、三宮八重野から預かったお菓子や果物などをキクに差し入れし、新約聖書を渡します。そこに「ここを読みなさい」とばかりに印が付いているので和は「明日のことを思い悩まずに、目の前のことだけを考えなさいというような意味ですよ」と要約して教えます。それをきっかけにキクは聖書を読むようになったそうです。
いずれにしても、この心中事件をおこした「花紫」がきっかけとなり、大関和と直美のモデルである鈴木雅は「遊郭を出た人たちが安心して暮らせる場所と、自立できる職業が必要」だと考えます。そして二人は「看護婦」という仕事をもっと広めて需要が増すように頑張るのですが。
このときの思いがのちに、大関和が伝道活動や廃娼婦運動(※)を熱心に行うことにつながっていくのでしょう。
※廃娼婦運動:売春婦公認(公娼)制度を廃止する法規の獲得を目ざす運動。 市民的人権擁護の立場からの公娼解放(自由廃業の推進を含む)、キリスト教的立場での救済・更生の運動、婦人解放運動の立場からの人身売買そのものの禁止運動など、さまざまな立場から進められた。
また近代日本における初の女性医師・荻野吟子と親しかった鈴木雅は、「廃娼まで至らずとも、遊郭こそ女医や看護婦が必要な場所」いう考えで意気投合。大関和を吟子に紹介し、吉原で娼妓たちに食事や客との性行為後の衛生指導などを行います。
娼妓たちの中には「自分も看護婦になりたい」という人も出てきて、和はサポートも行っています。鈴木雅にも大関和にも「花紫」の心中事件がずっと心の中に根付いていたのだと思います。
心を込めて懸命に看護するりん。(NHK「風、薫る」公式サイトより)
最後に明治時代は「看護」という概念がなかったために「看病婦」はもとより「看護婦」も「金のためなら病気がうつることも平気で病人の世話をする賤業」と貶められてました。
ある意味、「金のためなら誰にでも体を売る卑しい商売」として貶められていた遊女たち。
家が貧しかったり家族を助けるためだったり、生きていくためにそうせざるおえない女性たちの事情や社会の仕組みを知りもせずに、「女のくせに」「女だから」と平気で貶める時代でした。
一方、「看護」という仕事を志しながらも何度もさげずまれ差別に出会った大関和は、同じようなポジションだった女郎たちにシンパシーを感じていたようです。
和は離婚後に帰る実家がなければ「自分も身を売らなければならなかったかも」と思い、娼妓たちを救いたいという意識が強かったようです。そして、ただ同情するだけではなく、看護の仕事と結びつけて女性たちを救う道を切り開く行動力には頭がさがります。
「助けたい」という情熱に突っ走り(突っ走るのは主にりんで直美はストッパー役のほうが多いようですが)、日々の看護婦としての仕事だけではなくその先も見据え行動した大関和や鈴木雅。ドラマの中の一ノ瀬りんと鈴木直美の、いいバディぶりがリアルに感じるようになってきました。
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・坪内逍遙の妻: 大八幡楼の恋 矢田聖子
・『明治のナイチンゲール 大関和物語』田中ひかる著(「風、薫る」原案)
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