朝ドラ「風、薫る」女郎を地獄から救いたい…夕凪を救うため、りん(見上愛)が出会う明治の『廃娼運動』とは?
NHK朝の連続テレビ小説「風、薫る」。
第11週のテーマは『凪(なぎ)にそよぐ』です。
「凪」とは風がぴたりと止んで、海や湖の水面が静まった自然現象。「そよぐ」とは、風が吹いて草木などが静かに揺れ動くような状態です。
先週から今週にかけてフューチャーされている、女郎・夕凪(村上穂乃佳)にかけたテーマでしょうか。荒波の中でもがき苦しむような人生を送ってきた夕凪は解放されて、凪にそよぐような穏やかな人生を送れるようになればいいのですが。
夕凪と学生が服毒心中未遂で病院に運ばれてきたことがきっかけで
「どんな職業でも誰でも看護する」という精神を改めて噛み締めた主人公たち。
「看護」という職業を通して「女郎など弱い立場にいる女性を救いたい」という気持ちに目覚め、次のステージに進んでいきます。
今回は、ヒロインが目覚めていく『廃娼運動』について、ドラマの流れ、原案の伝記小説、史実などを比較しつつご紹介しましょう。
思い立ったらすぐに行動する一ノ瀬りん(NHK「風、薫る」公式サイトより)
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※本記事では登場人物のモデルとされる実在人物を紹介していますが、ドラマ上の人物設定や物語展開は創作を含むため、実在人物の生涯・経歴とは異なる場合があります。
前回の記事でご紹介したように、原案の伝記小説では「根津遊郭の花魁が客と心中しようとカミソリで喉を切るも死にきれず病院に運び込まれてくる」というエピソードが登場します。
そのことで、一ノ瀬りん(見上愛)の実在のモデル大関和や大家直美(上坂樹里)の実在のモデル鈴木雅は、社会的弱者である女郎を助けたいという気持ちを募らせます。
先週、第10週の最終話で、ドラマでは一命を取り留めたものの「いっそ死んだほうがよかった。退院して女郎屋に戻っても地獄が待っているだけ」と生きる気力を失っていた夕凪。彼女は客に無理心中をしかけられたのでした。
さらに、夕凪の働く女郎屋錦栄楼の主人・権田巳之助(梅垣義明)が病院に乗り込んできて、「早く店に出ろ!休んだ分や病院代はお前に稼いで返してもらうからな」と凄み、まだぐったりしている夕凪を連れて行こうとします。
そんな様子を目の当たりにして、りんと雅は同時に決心します。
「逃げましょう!」
身勝手な青年客には毒を飲まされるわ。
青年の両親には「女郎のくせにうちの息子を誑かしやがって」と罵られるわ。
医者には「女郎はあとだ!」と、治療を後回しにされるわ。
一命を取り留めたものの、女郎屋の亡八(大河「べらぼう」を観ていた方は「この亡八が!」と思ったのではないでしょうか)に強引に店に戻されようとするわ。
こんな、人を人とも思わない差別人間に囲まれて、生きていくのはどれほど大変だったことか。
生きるも地獄、店に戻ればもっと地獄。
そんな八方塞がりの人生から夕凪を助けたい!と行動を起こすりんと直美の気持ちが痛いほどわかるし、甘いかもしれませんが、人としてまっとうな感情。
「看護婦など賎業だ」と差別されてきた彼女たちだからこそ、女郎とさげずまれ生きてきた女性の気持ちがわかるのでしょう。
亡八から夕凪を守るりんと直美(NHK「風、薫る」公式サイトより)
卯三郎に「廃娼運動」という手段を教えてもらう直美は、夕凪に「逃げた女郎が産んだのが私です」と打ち明け、誠心誠意看護をすることに。りんは、自分が路頭に迷っているときに雇ってくれた瑞穂屋の卯三郎(坂東彌十郎)のもとへ相談しに走りました。
「女郎一人助けても遊郭の仕組みは変わらない」と卯三郎は言いつつも、女郎を救う廃娼運動家について書かれた新聞記事を見せました。
その新聞には『廃娼運動の敵とは』というコラムが。
「女郎を廃業できるように廃娼運動をしている人たちがいます。彼らに協力をあおいで廃業することができたら、その女郎にも社会にもリターンがあるはずです」と言います。
さっそく走り出すりん。そんなりんの姿を見送る街角の女占い師・真風(研ナオコ)が「月に叢雲花に風。逆もしかり」と独り言を。
「月には雲がむらがって隠し、美しく咲いた桜は風が吹いて散らす。好事はとかくじゃまが入り、長続きしない」ことの例えなのですが、「逆もまたしかり」とは意味深ですね。
邪魔ばかりで逆境になるけれど、その邪魔が転じて幸運となっていく……そんな、意味だといいのですが。
実は、明治5年(1872)に「娼妓解放令」が出されて以来、『廃娼運動』が始まっていました。けれども、全国的な広がりを見せたのは、明治22年(1889)頃だったそうです。ちょうど、史実では、帝都医科大学第一病院(現在の東大病院)で大関和は外科看病婦取締に、鈴木雅は内科看病婦取締になって働いていた頃になります。
けれども、まだまだ娼妓自体が自ら自由を求めて声を上げたわけではなく、さまざまな婦人団体による外部の運動でした。
ちなみに「娼妓解放令」が出されたのは、横浜港に停泊中のマリア・ルス号(ペルー船籍)内の清国人苦力(中国人労働者)を奴隷であるとして日本政府が解放した事件がきっかけで日本が国際裁判の当事者となった初めての事例。これが、芸娼妓を解放する命令に繋がったそうです。
りんに「廃娼運動」について書かれた新聞を見せる卯三郎(NHK「風、薫る」公式サイトより)
養成所の所長も「廃娼運動」に関わっていた第10週の最後の予告では、梅岡女学校附属の看護婦養成所の所長・梶原敏子(伊勢志摩)が「養成所が続けられなくなった」と皆に告げるシーンがありました。
この梶原敏子先生のモデルとされる矢嶋楫子も「廃娼運動」に関わっていた人物です。明治19年(1886年)には東京キリスト教婦人矯風会を組織、初代会頭に選ばれます。
矯風会は、キリスト教の精神に基づき女性と子どもの人権を守り、禁酒活動・一夫一婦制・公娼制度廃止・戦後平和運動に力を注ぎ、運動だけではなく女性のためのシェルターを運営してきました。
原案伝記小説の中では、看護学生たちは皆、婦人矯風会に入会していたという記述があります。
当時、会では娼婦たちの立場で廃娼運動を唱える人もいれば、娼婦は醜業婦・醜婦な社会悪なので一掃すべきという考えの人もいたとか。
鈴木雅は看護学生たちに「哀れな娼妓を遊郭から助けてやろうと考えている人もいるようだが、女郎の現状も知らず廃娼を唱えても偽善」という過激な発言をします。
「ただ単純に女郎制度を廃娼しても、より追いやられて今より劣悪な環境で働かざるおえない女性もいる。廃娼運動ならそこまで考えてするべき」と説いたそうです。
その後、看護学生の中で小池民、池田子尾、広瀬梅(工藤トメ/原嶋凛)は看護婦にはならず、矯風会で廃娼運動に関わっていきました。
けれども、雅に言われた言葉を胸に、女郎たちを地獄の環境から救うために廃娼を訴えていったそうです。
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第一病院退職後、新潟で「廃娼運動」に出会うドラマでは、卯三郎に廃娼運動の新聞記事を教えてもらったりんは、早速持ち前の行動力でその新聞社を訪れます。
原案の伝記小説では、大関和は明治23年(1890)に帝大医科大学第一病院を退職し新潟県の高田の女学校で舎監として赴任します。
そのとき、女学校の設立者で地元の廃娼運動の主導的立場である大森隆碩に出会い『廃娼演説会』に誘われます。
和は女学生らとともに演説会に参加するのですが、「反廃娼・在娼推進」の暴徒が演説会の邪魔をし暴言を吐かれるという経験をします。
それでも和や学生たちは『さあ、共に生きよう』という讃美歌を合唱したのです。「遊郭の中の女郎と外の世界にいる自分たちが共に手を取って廃娼を進めよう」とする気持ちが響いて、来場者の中には涙する人々もいたとか。
女学生たちは「廃娼は知らなかったけれども、目を逸らしてはいけない問題だと気がついた」と感謝の言葉を述べたそうです。
その後、ほぼ男性ばかりだった廃娼演説会に女性の参加者が増えたそう。喜ばしいことだったのですが、やはり中には「娼婦=悪」という観点から廃娼運動をする人もいて大関和は悩います。
そんなときは、東京にいる鈴木雅に悩みを綴った手紙を書くと、雅からは「娼婦=悪という考えに立つと、娼婦を廃業したあとの就職問題が解決しない!」など、厳しくも嬉しい励ましの言葉をもらっていたそうです。
ドラマの「風、薫る」のように、和と雅は離れていても「女性の自立への道」を切り開いていくよき同志だったのですね。
1877年(明治10年)から1958年まで約80年間続いた遊廓の面影を残す猪崎(京都府福知山市)@松岡明芳 -wiki
社会の仕組みは変えられなくとも目の前の人は救える瑞穂屋の卯三郎の「夕凪一人を助けても遊郭の仕組みは変わらない。社会は変わらない」という言葉は確かに正論かもしれません。
個人が他人の人生を救う力などないし、莫大な財産でも持っていないと、借金に苦しむ女郎を身請けすることも不可能。夕凪を一人逃したところで、次々と「夕凪」と同じ苦界で溺れそうになる女郎は出てくるでしょう。
それでも。
私は今この時苦しんでいる夕凪さんを逃がしたい。
せっかく命を取り止めた患者さんに「生きても死んでも地獄」だなんて言わせたくない。社会が変わるまで待ってられないんです。
私は、りんのこの思いを支持したいと感じました。
絶対に諦めないりんは大関和さんを彷彿(NHK「風、薫る」公式サイトより)
最後に…これからりんにも直美にも占い師に言われた「月に叢雲花に風」のように、さまざまな困難が降りかかるかもしれません。
けれども、きっと「疾風に勁草」のことく、強い風に薙ぎ倒されそうになってもすっくと背筋を伸ばして立ち上がっていくのではないでしょうか。そして、日本初の「看護」のパイオニアとなっていくのだと思うと胸熱ですね。
今後の活躍が楽しみです。
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明治のナイチンゲール 大関和物語 田中 ひかる
廃娼運動: 廓の女性はどう解放されたか 竹村 民郎
日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan


