『豊臣兄弟!』秀吉が生涯悔いる見捨てた尼子勝久と家臣・山中幸盛との信頼関係…第22回を考察

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『豊臣兄弟!』秀吉が生涯悔いる見捨てた尼子勝久と家臣・山中幸盛との信頼関係…第22回を考察

「…引き上げじゃ!」

土砂降りの雨の中、羽柴秀吉(池松壮亮)は上月城に向かって地面に額を擦り付け土下座をし「引き上げ」を決心しました。

毛利軍に囲まれ孤立した上月城で、秀吉を信じ援軍を待つ尼子再興軍総大将・尼子勝久(渡邉蒼)と、家臣の山中幸盛(山中鹿助/廣瀬友祐)たちを見捨て、退却を余儀なくされた秀吉。

立派な衣装が濡れることも汚れることも意に返さず、土下座の詫びをしたあと、万斛の涙を呑み込み「引き上げじゃ」と叫びます。

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第22回『播磨大誤算』

女性や子供を磔・串刺しにしたわけ、見捨てた尼子軍、本気モードになってきた黒田完兵衛(倉悠貴)VS竹中半兵衛(菅田将暉)、記憶を失い別人になった秀吉、荒木村重(トータス松本)「謀反」……と、いろいろなエピソードが凝縮された今回。

個人的には、見捨てた尼子軍と秀吉の心情が丁寧に描かれていて過去一辛い回でした。今回は、そんな尼子軍と秀吉の関係を中心に振り返ってみました。

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見捨てる尼子軍が籠る上月城に土下座して詫びる秀吉。(NHK大河「豊臣兄弟!公式サイトより)

遺体を利用した行為は心の中で澱となる

前回のラスト、磔の遺体を前に佇む秀吉の姿に「闇堕ちした!」という声も上がっていましたが。闇堕ちはまだ性急に感じたので、前回の考察記事で「上月城側の集団自害か」との予想も書きましたが……まさか、その通りだったとは。

しかも、「せっかくの屍の山」なのだから、磔・串刺しにして境に晒し、敵へ恐怖心を植え付けようと提案したのは竹中半兵衛だったとは。

秀吉は城内の凄惨な遺体を見て「丁重に葬れ」と命じていたのでした。

姉川合戦後、累々と積み重なる遺体をみて呆然とし、比叡山では明智光秀(要潤)が女子供を全員斬り殺した現場をみて言葉を失っていた秀吉のままだったのです。

我が子を刺し殺す母、小刀で自分の首を斬る女性、皆の最期の有様が秀吉の脳内に浮かびます。

秀吉は半兵衛の意見にかすかに頷くだけ。さすがに「よっしゃ〜!かかれ!」とは言えなかったのかも。この行為は秀吉の心にどす黒い澱として溜まります。

史実では、最初の上月城合戦の際、場内には兵士や女子供などの非戦闘員が200人ほど避難し、数ヶ月籠城したと伝わります。城内の兵は、城主・赤松政範の首級を取り、それと引き換えに生き残っている者の助命嘆願をします。

ところが、リアル秀吉は降伏を許しませんでした。信長に政範の首は送ったものの、助命はせずに女性は磔、子供は串刺しにして備前・美作・播磨三国の境目に晒したとされています。(誇張ありという説も)

『羽柴秀吉書状』には

「女子供二百余人、備・作・播州三ケ国之堺目ニ、子ともをハくしニさし、女をハはた物ニかけならへ」

とあります。女子供200人あまり、子供は串刺し女ははた物(磔にする木材)にかけ、国境に晒したという悲惨な内容です。

「戦後処理」のレベルを超えた苛烈な秀吉の行為は、毛利軍の戦意を喪失させるため、信長への忠誠心を示すためだったといわれています。

竹中半兵衛、黒田完兵衛、羽柴秀吉(NHK大河「豊臣兄弟!公式サイトより)

「わしはそなたが妬ましい」という半兵衛の正直な言葉

上月城内の者の遺体を利用した見せしめの所業に対し半兵衛は

「これで織田軍に見切りを付け毛利軍に寝返る者が増えるだろう、そのほうが『敵』がはっきりする。一番やっかいなのは腹の底が見えぬ国衆」と言いました。これは現代でもあり得る話ですね。

前回は、やたら煽ってくる官兵衛に変顔で対抗した大人気ない半兵衛でしたが、今回は一枚も二枚も上手の軍師ぶりを見せていました。

官兵衛の甘さを追及し怒らせつつも真顔で弱点を指摘。自分の残り時間を察知して、後の羽柴の軍師としてのバトンを渡そうとしているのでしょう。

半兵衛は突然、倒れる寸前、まだ未熟なものの若く健康な体を持つ官兵衛に「わしはそなたが妬ましい」というまっすぐな言葉を言い放ちます。

35年間の短い人生。

この言葉には、ひとりの人間として「もっと皆と共に生きたい」という切実な気持が込められているようでした。

「尼子らを見捨てるわけにはいかん!」という秀吉

さらに最大の受難が秀吉に降りかかります。

上月城の攻略に成功したと思った秀吉は、中国地方で勢力回復を目指す尼子勝久・山中鹿介らに任せます。

尼子勝久は、かつて山陰を支配した尼子氏の一族で、尼子氏の再興を託された人物。忠義の武将・山中幸盛など旧臣たちに擁立され、「尼子再興」を目指し各地を転々としつつ戦いました。

強大な毛利軍により居城を追われ流浪すること10数年。秀吉軍の一員となりようやく「長年の苦労が報われる」と意気揚々となっていたでしょう。

ドラマ内では、秀吉からの援軍を待ちながら

「我らにこのような期を与えてくださったこと、羽柴殿には感謝してもし尽くせませぬ」と山中幸盛。

「大願成就した暁には、一生をかけて御恩に報いて参ろう」と尼子勝久。

この二人の会話が辛過ぎる。

「尼子らを見捨てるわけにはいかん!」と、秀吉は織田信長(小栗旬)に援軍を依頼しますが、三木城攻めを優先する信長はそれを断り秀吉に撤退を命じます。

「さすがは上様。我らとて遅れを取れば危うくなる」という半兵衛。その意見に同調する官兵衛。身内の軍師の打つ手がなしという態度に秀吉は苛立ちます。

「皆下がれ」と命令したとき、蜂須賀正勝(高橋努)だけが、その心中を察して秀吉に声をかけようかと迷う姿も切なかった。ずっと苦楽を共にし秀吉が涙を流す姿も見てきた人ですから。

助けたかった。尼子勝久(左)と山中幸盛(右)NHK大河「豊臣兄弟!」公式「X」より

尼子軍にふるまった「粥」の思い出

ひとり、上月城が見える場所で焚き火をして粥を作り始める秀吉。そばには蜂須賀正勝が黙って控えています。

「あやつらがわしを頼ってきたときはボロボロでのう」と語り始める秀吉。

その時のシーンが蘇ります。食うや食わずで逃げ回ってきた尼子軍に、秀吉は粥を作って振る舞いました。

五臓六腑に染み渡る粥の旨さと感謝の気持ちから、涙をこぼしつつ勝久と鹿介は、粥腕を持って立ち上がり

人の世は夢のまた夢 これ一定…
楽しきも醒めやることも これ一定…

人の世が夢のまた夢であるというのは、間違いなく確実なこと。それが楽しいというのも絶対に本当。いつか夢から覚める(死ぬ)というのも絶対に避けられない事実なのだ)

という内容の歌を歌いだし、尼子の兵たちも涙をこぼし泣き笑いしながら粥を啜ります。

その場面を思い出す秀吉。

「勝久は、熱いものを食うたら、諦めかけていた熱い思いも蘇ってきたなどと申してのう」と。

「共に毛利を討とうと約束したのじゃ」「わしはどうしたらええのじゃ」と、声を震わせて泣き出しました。これは辛過ぎる。

そばにいたのが、正勝だからこそ泣けたのでしょう。ただ何も言わず背中をさすろうとしつつもやめる正勝。泣けた場面でした。

そこに突然の土砂降り。「やめろ〜!粥が冷めてしまうではないか」と天に向かって吠える秀吉。見捨てる尼子軍にせめて届けとばかり万感の思いを込めて炊いていた粥なのでしょう。

そして、半兵衛が倒れたと官兵衛が知らせに来ます。「殿、潮時でございます。殿」と声を振り絞る正勝。これを告げるのも辛い。でも、この局面で秀吉を促せるのは彼しかいません。

土砂降りの中、上月城に向かい土下座して「引き上げじゃ〜」と声をあげますが、このときの強烈な斬鬼の念は心に深い傷となり一生残るでしょう。

その後、上月城に籠っていた尼子軍。覚悟を決めた尼子勝久たちと家臣らが最後の粥を皆で啜ったあと、立ち上がります。

笑みを浮かべ家臣らを見送る勝久の頬に伝う涙。再興できなかった無念か、最期まで援軍が来なかった嘆きか。ここまで来れた秀吉への感謝か。

無念でした。尼子軍を助けたかった。個人的に「豊臣兄弟!」過去一、泣けた場面でした。

ちなみに、尼子勝久たちが歌った歌は……

露と落ち 露と消えにし我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢

(露のように生まれ、露のように死んでいく、私の人生であった。 すべてのことがまるで夢の中で夢をみているかのようだ。)

この秀吉の辞世の句に似ています。

「粥がさめる」と天に叫ぶ秀吉に涙。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

辛い記憶を自ら封じ込めようとした秀吉だが

陣を引き上げた秀吉軍は書写山・円教寺に陣を構えます。秀吉は良心の呵責に苦しめられ「すまない」と夢の中で泣いて詫びるほど。彼らの幻をみて後退り足を踏み外し軒先から落ちてしまいます。

頭を打った衝撃で記憶を無くす秀吉。

信用していた相手の謀反や裏切りなど戦国時代は日常茶飯事。けれども、裏切られるより「信じてくれた相手を裏切り見捨てる」ことのほうが遥かに辛い。

相手への申し訳なさと自分を責め苛む気持ち、両方に苦しみます。秀吉が無意識ながら一時的に記憶を封印したのは、罪悪感で潰れそうな自分を守るためかもしれません。

そんな兄を助けるため、小一郎はさまざまな手を尽くすも気の抜けたようなままの秀吉。けれど、心配して訪れた母・なか(坂井真紀)が作った粥で、尼子軍を思い出し記憶が戻った様子です。

おっかさまの「記憶を無くしたいほど辛い思い出なら、いいんじゃないかねそのままで。また百姓に戻ればいい」という言葉。一見そんな気楽な〜と思いますが、実は自分を追い詰めず壊すことなく「生き抜く」ための真理のような気がします。

名前を刻めば願いが叶うかわりに災いもかかるという円教寺の曰くつきの柱に名前を刻む小一郎。そんな弟の熱意も通じ、秀吉は「忘れたい苦しく辛い思い出もあるが、忘れたくない思い出もある」と、完全に記憶を取り戻しました。

小一郎が、自分の名前を刻んだ柱は現存しています。

本編後の『紀行』書写山・圓教寺の寺の宝物が所蔵されている「食堂」の柱に「羽柴小一郎」「天正六年」といった刻み文字がある(家来が落書きしたとか)ことが紹介されていました。

大河は、予告後、最後の「紀行」まで観て大河です。

兄を思い自分の名を柱に刻む小一郎。NHK大河「豊臣兄弟!」公式サイトより

とうとう半兵衛との別れのときが

ところで、心に染み入る歌を披露した、尼子勝久を演じた渡邉蒼さんは大河「西郷どん」で西郷隆盛の少年時代を演じた人。歌とダンスを学びミュージカルにも出演しています。山中幸盛を演じた廣瀬友祐さんは、ミュージカルスターとして実績がある人。二人の歌声は朗々と美しく響き、それゆえに一層の尼子軍の悲哀が増し涙を誘いました。

来週、6月14日(日)第23話『さらば半兵衛』。奇しくも、6月13日は竹中半兵衛の命日。登場から今まで、軍事オタクぶりを発揮しつつ徐々に打ち解けてきて仲間に馴染んできたところなので退場が惜しまれてなりません。

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大河ドラマには、「史実に忠実」なドキュメンタリーを求める派もいれば、ただ歴史を辿り再現するだけではなく「描かれる人間を知る」「納得力のあるストーリー」を求める派もいるのが興味深いところ。

次回は、菅田将暉さん描く竹中半兵衛という人間を、最期までしっかりと観たいと思いました。

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