【豊臣兄弟!】幽閉された黒田官兵衛、息子に処刑命令…竹中半兵衛が救った命と犠牲の幼子を史実考察
NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」第21話『風雲!竹田城』で、初登場した若き軍師・黒田官兵衛(倉悠貴)。
余命が迫り儚げさが増した先輩軍師・竹中半兵衛(菅田将暉)に対して、なにかと“煽り”を入れるキラキラに生意気な官兵衛とのやりとりが面白過ぎて評判です。
どなたかが「人物像を描いてその改変の説得力を楽しむのが大河ドラマ」と言っていたのですが、まさにこの生意気官兵衛VSいなす半兵衛の丁々発止は楽しめます。
20話で、官兵衛に、播磨の国衆が本当に臣従関係を結ぶのかの絶対的な証として、すべての国衆に「人質」を出すよう要求した半兵衛。
官兵衛は怯まず「私は嫡男・松寿丸を人質として差し出す」とドヤ顔で約束しました。ところが、その松寿丸の命は、まさかの荒木村重(トータス松本)の「謀反」で風前の灯となってしまいます。
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6月14日(日)放送の「豊臣兄弟!」第23回『さらば半兵衛』では、松寿丸にスポットライトが当たりそうです。
そこで、松寿丸を巡る、黒田官兵衛と竹中半兵衛の行動、その影で犠牲になった無辜の幼子、石田三成の密かな協力を史実に残る記録とともに探ってみました。
旧知の間柄である荒木村重と黒田官兵衛。(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
寧々が面倒を見ていた人質・松寿丸が大ピンチ史実では、黒田官兵衛は23歳ごろ、播磨国を治める守護大名・赤松家に使える重臣・櫛橋家の娘、15歳の光姫と結婚。永禄11年(1568)に長男・松寿丸(しょうじゅまる)が誕生しました。
天正5年(1577)に、10歳になった松寿丸は織田側に人質として差し出されますが、この時に彼の面倒をみて教育したのが寧々でした。人質とはいえども寧々と秀吉は、松寿丸を我が子のように可愛がって育てたそうです。
ところが天正6年(1578)、それまで織田の配下であった荒木村重が突然反旗を翻して、摂津国の有岡城に籠城してしまいます。
村重と旧知の仲だった黒田官兵衛は、説得のために単身有岡城に乗り込むのですが、逆に捉えられ土牢に幽閉されてしまいました。
『黒田家譜』によると、官兵衛の主君であった小寺政職(まさもと)があらかじめ村重に密使を送り、「官兵衛が訪ねてきたら殺してほしい」と依頼していたと伝わります。
小寺政職は、最初は織田側に付いたものの老臣たちの言葉に迷わされ毛利の脅威に怯え、官兵衛が疎ましくなり葬りたかったそうです。
政職は、官兵衛に「小寺官兵衛孝高」と名乗らせるほど実力を評価し信頼を寄せていたにもかかわらず、村重側に付き織田も半兵衛も裏切ったのでした。
そうとは知らずに官兵衛は村重のもとへ単身乗り込みました。
1年の幽閉で別人のようになった官兵衛村重は官兵衛を「命だけは助けてやる」と土牢に閉じ込めます。旧知の仲であった官兵衛を、たやすく殺すことに迷いがあったのでしょうか。
その土牢は、明かり取りの小さな窓しかなく日光は射さず風も通さず、薄暗く湿気が高い劣悪な状態だったとか。
そこに1年ほど監禁された官兵衛は、痩せこけて皮膚病を患いヒゲは伸び後放題。のちに救出されたときにはまるで別人のような姿になっていたそうです。ずっと座っていたために足に障害が残ったとも伝わります。
ただし、この一連の話は『黒田如水傳』という大正時代の著作が出典。当時の史料による確認は難しいそうです。一部では軟禁程度だっという説もあります。
いずれにしても、もし劣悪な土牢に1年近く幽閉されたら体にも精神にも変調をきたすのも当たり前。生涯妻一人だけを愛したという官兵衛は、播磨の地に残した妻や人質となっている松寿丸を思い、耐え抜けたのかもしれません。
2014年の大河『軍師官兵衛』(主演:岡田准一)では、村重の妻・だし(桐谷美玲)が幽閉されている官兵衛の心の支えになっていたのですが、「豊臣兄弟!」では、この官兵衛の受難はどのように描かれるのでしょうか。
いまはピカピカに若く危ういところもありそうな官兵衛が困難を乗り越え、大きく変化した軍師として蘇るのでしょうか。
松寿丸は処刑したと嘘をつき匿った半兵衛
まさか、官兵衛が幽閉されたとは知らない信長は寝返ったと激怒。人質の息子・松寿丸を「処刑しろ!」と秀吉に命じます。
可愛がっていた松寿丸を殺すことはできない、けれども信長の命令に背くわけにはいかない……と悩む秀吉に「自分が松寿丸を処刑する」と申し出たのが竹中半兵衛でした。
ところが、これは半兵衛の嘘。「官兵衛がそんなに簡単に裏切るわけはない」と確信していたために、「松寿丸を処刑した」と秀吉と信長に嘘を伝える一方、松寿丸を自分の居城である美濃国の菩提山城の家臣の家に匿ったそうです。
この作戦は、半兵衛が信長直属の家臣ではなく「秀吉の与力」だったので可能だったと推測されています。
もしかしたら、すでに自分の余命が長くないと悟っていた半兵衛は、「官兵衛は裏切ったのではない。戻ってくる」と見通し、そのときに息子・松寿丸の命を救っておくことで官兵衛が恩に着て自分同様に生涯秀吉の忠実な軍師として仕えてくれるだろう……と考えていたのかもしれません。この辺りは、ドラマではどのように描かれるのでしょうか。
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命を懸けた友情の首実検!戦国時代の天才軍師、黒田官兵衛と竹中半兵衛の絆が胸熱すぎる! 半兵衛は家族同様の家臣に松寿丸を託すちなみに、松寿丸を匿い育てた家臣・不破矢足(ふわやそく)は半兵衛の長年の付き合いで信頼できる家臣でした。矢足の妻は、半兵衛の舅・安藤守就の妹だったために、家族同様のような存在だったそうです。
半兵衛は、後を矢足に託し、天正7年6月13日に病が悪化してついに帰らぬ人となりました。
その後、荒木村重がこもっていた有岡城はとうとう陥落、官兵衛が見つかり裏切ったのではないことが証明されます。
官兵衛は、松寿丸が生きていたことを知り、今は亡き半兵衛の措置に非常に感謝しましたが、信長も安堵したそうです。1年間、不屈の精神で牢獄生活を希望を捨てずに過ごした官兵衛は、確実に一回りも二回りも大きな人物になったと伝わります。
「この世には信頼に値する人もいる。自分は裏切ることはするまい」と心に誓った官兵衛。以前のように自分の知恵と頭脳をひけらかすような部分はなくなり、秀吉の考えを探り出し的確に先手を打っていく冷静沈着な軍師と変化していったそうです。
竹中半兵衛によって、親子共々救われた黒田官兵衛(NHK「豊臣兄弟!」公式サイトより)
松寿丸の身代わりに犠牲になった幼子けれども、ここでものすごく気になるのは、実際、半兵衛はいったい誰の首を「松寿丸のもの」と偽って差し出したのか?ということ。
荒木村重が反旗を翻し松寿丸の命がピンチになったのは約10歳くらいの頃。
都合よく似ている10歳の男児の遺体など手に入るとは思えないので、年齢も外見も似通った、生きていた男児を連れてきて殺したのでしょうか。
だとしたら。松寿丸を助ける計画だとしても、あまりにも無慈悲で残酷な話なので「松寿丸も完兵衛も助かってよかったね!」と喜べません。
実は、半兵衛に松寿丸を匿うように依頼された不破矢足の屋敷では、松寿丸の遊び相手として幸徳という舞を得意とする小坊主をお供に付けていたそう。
その松寿丸の身代わりに斬首されたのが幼い幸徳でした。
子を、身代わりに差し出した幸徳の家は黒田家より年々銀子の扶持を受けていたそうですが……一生悔いが残ったのではないでしょうか。
松寿丸の斬首命令を悔い生きていたと聞いて安堵した信長。
「では、あの首はどこの子だったのか?」「まったく無辜の子供が身代わりに斬首されたのか」と、少しでも考えなかったのでしょうか。実に暗澹たる思いになります。
せめて「身代わりに斬首された子の供養くらいしたらどうだ」「首実験後、その幼い幸徳の首はどこにやったのだ」と、憤りを感じてしまいました。あまりにも理不尽。
この時に命を助けてくれた恩を感じていた松寿丸は、成長して黒田長政と名乗った後、不破矢足を召し抱えようと申し出ますが矢足はこれを固辞したそうです。矢足は身代わりで殺された幸徳の首を信長の元へと運ぶ役目も果たしていたとか。
もしかしたら、罪もない幸徳を犠牲にしたことで慙愧の思いに苦しめられていたのかもしれません。
松寿丸が命拾いした影に石田三成の力
松寿丸が命拾いしたことに石田三成も一役買ったという意外な逸話もあります。
三成は不破矢足が届けた「松寿丸」の首を見て、別人だと知りつつも秀吉に取り継いぎました。三成も黒田官兵衛の無実を信じていたそうなのです。
竹中半兵衛の策と三成の機転で、松寿丸の命が助かった……という逸話が本当だったら。三成は、もし「別人だ!」と騒いだら、身代わりに斬首されたこの子はただの無駄死になったしまうと思ったかな、少しでも思って欲しいななどと思ってしまいました。
その後、石田三成と黒田長政は因縁の仲になります。関ヶ原合戦で、徳川家康の東軍が勝利して石田三成の西軍は敗北、三成は捕縛され京都市中を引き回しの上に六条河原で斬首されるのですが。
引き回しの様子を見ていた長政は、馬から降りて三成に歩み寄り「このような境遇になろうとは……さぞやご無念でござろう」と、自分の羽織をそっと三成に着せたそうです。
子供の時、命を救ってくれた三成。たとえ今は敵対する間ではあっても、自分が生のびられたことの礼を尽くしたかったのでしょう。
引き回しにあれても堂々と振る舞っていた三成は思わず涙を流したと伝わります。
石田三成。杉山家伝来の肖像画(東京大学史料編纂所所蔵)wiki
最後に突然謀反を起こした荒木村重、単身説得に出向き幽閉された黒田官兵衛、竹中半兵衛の策で助かった松寿丸の命、その影で犠牲になった幼い身代わりの子、そして命を終える半兵衛……。
なかなかに史実は辛い展開のですが、ドラマ「豊臣兄弟!」ではどのようなアレンジで見せてくれるのでしょうか。
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『刀剣・兜で知る戦国武将40話』 歴史の謎研究会編 青春出版社 2017年11月
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