【豊臣兄弟!】主君・別所長治に切腹を勧めた別所重棟(忍成修吾)とは?主家滅亡を背負った男の生涯 (4/5ページ)

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ただし出家はしても隠居したわけではなく、天正13年(1585年)に秀吉から但馬国八木城1万2千石(兵庫県養父市)を与えられます。

そして九州征伐や小田原征伐など秀吉の天下一統を見届け、天正19年(1591年)6月6日に世を去りました。

戒名は徳厳院貞岳(とくげんいんじょうがく)、家督は嫡男の別所吉治(よしはる)が受け継いでいます。

終わりに

今回は別所長治の叔父であり後見人として活躍した別所重棟について、その生涯をたどってきました。

相応に立身出世したとは言え、主家の滅亡に加担してしまった呵責は、決して小さくなかったのではないでしょうか。

果たして大河ドラマでは重棟が旧主らにどのような引導を渡すのか、忍成修吾の熱演に期待しています。

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