江戸時代にも“パパ活”があった!生活苦が生んだ複数契約「安囲い」という女たちの現実 (2/3ページ)

Japaaan

寛政の改革を牽引した松平定信(Wikipediaより)

こうした不安は風紀のゆらぎを生み出す要因になりました。

幕府は市中の金を吸い上げる政策を続け、下級武士や庶民の暮らしはますます苦しくなりました。倹約と蓄財が生活の中心となり、日々の暮らしに余裕がなくなります。

小さな商家の娘が安囲いに身をゆだねるのは、こうした時代背景があったからだと考えられます。生活を守るための選択肢として、安囲いが現実的な手段になっていたのです。

安囲いよりさらに安い契約もありました。月々米一斗五升や米一斗という契約で、なかには米八升という例もありました。これは半囲いとよばれ、月に六日ずつ男性の家に通う形でした。

女性の器量によって値段が決まるという厳しい世界でしたが、正式に女性を囲いにくい立場(僧侶など)の男性には都合が良かったようです。

生活のために選ばれた現実的な手段「安囲い」

安囲いは妾でも遊女でもない、江戸独特の関係でした。複数の男性が費用を出し合い、女性がそれぞれの男性の相手をするという構図は、まさに現代の援助交際です。

「江戸時代にも“パパ活”があった!生活苦が生んだ複数契約「安囲い」という女たちの現実」のページです。デイリーニュースオンラインは、安囲い江戸庶民江戸時代売春カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る