大名家の姫が夫を捨て親に勘当され、それでも起業し大成功!江戸時代を生き抜いた“とら姫”の破天荒な人生 (2/5ページ)
自分から夫を離縁する
現代の感覚では「茨城県から岐阜県へ嫁ぐのか。生活習慣の違いなど、慣れるのが大変そうだなぁ」などと思っていますね。
しかし当時、大名家の子女たちは徳川家の人質として江戸に住まわされることが一般的でした。
なので実際には、常陸府中藩の江戸屋敷から、美濃苗木藩の江戸屋敷へ引っ越したくらいの感覚だったことでしょう。
とは言え、たとえどれほどご近所であっても、嫁ぎ先に慣れる大変さは今も昔も変わりません。
遠山家でどのように過ごしていたか、詳しく記した史料はないものの、とら姫が大なり小なり苦労したであろうことは察しがつきます。
とら姫はどうしても遠山家に馴染めず、何と自分から秀友を離縁。さっさと実家へ帰ってしまったそうです。
秀友との間に子供がいなかったことも、夫婦不和の一因となったのかもしれません。