『豊臣兄弟!』圧倒的オーラで登場「徳川四天王」最強4人の武功と史実エピソードを一挙紹介 (3/7ページ)

Japaaan

そして家康を支え、家臣をまとめた忠次は慶長元年(1596)に病没。70歳で生涯を終えました。

文武両道の士・榊原康政

榊原康政/Wikipediaより

2人目は、徳川三傑に数えらえた榊原康政です。

康政は、13歳の頃から家康に仕え、初陣は永禄6年(1563)の三河一向一揆でした。この戦いでの武功から、家康から「康」の字を貰っています。康政は部隊の指揮官としての能力は本多忠勝に勝り、井伊直政に匹敵するとの評価を受けています。

加えて、康政は直政と親友関係で、「家康の心中を知っているのは私と直政だ」と言うほどの深い交流を重ねていました。

また、康政は幼少の頃より勉学を好み、書を読んでいたこともあり、字が非常に上手でした。そのため、小牧・長久手の戦いの前年に豊臣秀吉を非難し、徳川方に味方するように促す文を多くの武将たちに配布。

やがて、字の上手さと内容を知った秀吉は怒りを露わにし、康政に10万石の懸賞金がかけられるほどでした。

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