『豊臣兄弟!』圧倒的オーラで登場「徳川四天王」最強4人の武功と史実エピソードを一挙紹介 (4/7ページ)
小牧・長久手の戦いでの康政/Wikipediaより
そんな康政ですが、言いたいことを言ってしまう性格で、主君である家康にも物申すことがありました。
それは関ヶ原の戦い後のこと。
家康は、秀忠が遅刻したことで関ヶ原の戦い本戦に間に合わなかったことを理由に、秀忠と距離を取っていました。
そのことで康政は家康に、「関ヶ原に向ってくるようにとの命令を受けた使者が、悪天候のために遅れてきました。加えて、命令を受けて関ヶ原に向かったとしても、悪天候が災いし遅刻することは当たり前だったはずです。」と伝えました。
康政の言葉を受け、家康は秀忠に対面を許可。この働きに秀忠は大変感謝したそうです。
立花宗茂と並び立った天下無双の大将・本多忠勝
本多忠勝/Wikipediaより
3人目は、生涯参加した57回の合戦で一度も傷を負わなかった本多忠勝です。