ツルだけじゃない!狼と猟師の友情物語、神奈川に残る伝承「オオカミの恩返し」を解説
野生動物が、助けてくれた人間に恩返しをする。そんなエピソードとして「ツルの恩返し」をご存じの方も多いでしょう。
しかし恩返しはツルだけでなく、オオカミ(狼)のエピソードも伝わっているそうです。その名も「オオカミの恩返し」、果たしてどんな物語なのでしょうか。
源作とオオカミの出会い
今は昔しの江戸時代も末ごろ、相模国津久井郡の佐野川村(神奈川県相模原市緑区)に、源作(げんざ/げんさく)という猟師が暮らしておりました。
この源作は鉄砲の腕前にすぐれ、仲間うちでは「一つ弾(ひとつだま)の源作」の二つ名で呼ばれていたそうです。
一つ弾とは文字通り「どんな獲物も銃弾一発で仕留める」「狙った獲物を撃ち損じることはない」という意味でした。
※弓矢と違って、鉄砲は撃てば轟音が響くので、何発で仕留めたかがハッキリわかります。
とまぁそんな源作が、その日は早く仕事を終えて帰宅し、路傍でのんびりお茶なぞ飲んでおりました。
すると畑の向こうから、一頭のオオカミが姿を現したのです。
すわ襲ってくるかと身構えましたが、オオカミは何だか様子がおかしく、襲って来も逃げもしません。
ハテ何じゃろうか。源作がオオカミの様子を見ていると、オオカミは大きな口を開けながら、しきりに首を振っていました。
さらによく見ると、オオカミが開けた口の喉奥に、白いモノがチラチラしています。なるほど、これは骨が刺さっているだな。源作はようやく事情を理解しました。
鳥の骨は飛ぶために軽くできているから砕けやすいのですが、タテやナナメに裂けて尖りやすいため、遠慮なしに呑み込むと喉に刺さってしまいます。
とかくオオカミや犬という連中は、何でもバリバリ食らいつくものだから、こいつも噛み砕いた鳥の骨を喉に刺さらせてしまったのでしょう。
仕方ねぇな、可哀想だから一つ骨を抜いてやろう。そう思い立った源作は、度胸一番オオカミに近づいていきます。
「よしよし、痛かったろうに。今から骨を抜いてやるから、食いつくでねぇぞ。飛びつくでねぇぞ」
などと優しく声をかけながら、しかしいざとなったらオオカミを見伏せる身構えをしながら、源作はオオカミの目の前にやってきました。
不思議なもので、言葉は通じなくても害意がないと判るのか、オオカミは大人しくしています。
そして源作は、大きく開けられたオオカミの口に腕を突っ込み、喉奥に刺さっていた骨を抜いてやったのです。
「さぁどうじゃ。これで少しは楽になったじゃろうか」
オオカミは涙を流して嬉しそうに、去りがたい様子を見せながら、何度も振り返りつつ山の中へと消えていきました。
供えられた山ウサギ
そんなことがあって、翌日の明け方。源作のおかみさんが雪隠(用足し)のため、戸を開けて一方外に踏み出します。
「ん?」
足元に、何やらやわらかいものを踏みつけた感触が伝わりました。一体何ごとかと驚いたおかみさんは、急いで源作を叩き起こします。
源作は寝ぼけ眼(まなこ)で提灯を取り出すと、まだ暗い中を照らしてみました。
するとそこには、一羽の山ウサギが供えるようにおいてあります。たいそう立派な毛並みで、よく見ると、オオカミの牙痕が刻まれていました。
「なるほど、これは昨日のオオカミが持って来ただな」
合点した源作はおかみさんに、オオカミの喉に刺さった骨をとってやった話をします。昨夜のうちに獲った山ウサギを、こうして恩返しに持ってきてくれたのでしょう。
めでたしめでたし。
別バージョン「オオカミの恩返し」
とまぁ、これがオオカミの恩返しというお話しです。ちなみに、このエピソードは神奈川県内で他にもバリエーションがありました。
【丹沢の山奥で】
ある猟師がまったく獲物を獲れずにいたところ、一頭のオオカミに遭遇。喉にトゲが刺さっていたのでとってやると、翌朝に野ウサギや野鳥が積み上げられていた。
【津久井郡篠原村にて】
フサという娘が嫁ぎ先を飛び出して故郷へ道中、峠道でオオカミに出くわす。喉に刺さっていた骨をとってやると、翌朝に一羽の野ウサギが戸口に置いてあった。
大きく分けて「猟師バージョン」と「娘バージョン」があるようです。他にも大井町で似たような恩返しエピソードがあると言います。
いずれも心温まるエピソードですが、出戻ったフサはその後どうなったのか、少し心配になりました。
まぁ優しくて度胸もある彼女ですから、何があっても何とか乗り越えたことでしょう。
他にもあるオオカミたちの物語
かつて明治時代末期に絶滅してしまうまで、オオカミは人間社会と隣り合うように棲息していました。
例えば夜中になると、オオカミたちが雪隠や肥溜めの排泄物に含まれた塩分を舐めに来たそうです(不衛生ですみません)。
秦野市には、オオカミたちが甲州からはるばる小田原まで海水を舐めに大移動するという伝承がありました。
これは甲斐の戦国大名・武田信玄が塩の調達に苦労した故事を、オオカミに擬(なぞら)えているのかもしれません。
玄倉や八丁(神奈川県山北町)にはオオカミと遭遇した物語が伝わっており、山北町都夫良野の大野家には狼の頭骨が保存されていると言います。
他にも武芸者の関口弥六右衛門(せきぐち やろくえもん。弥太郎)が箱根越えに際してオオカミを退治した話もあれば、オーカメ(オオカミ)たちにアユをすべて食われてしまったオオカミ梯子のエピソード(川崎市多摩区)もありました。
※アユだけで(食い殺されないで)済んで、不幸中の幸いでしたね。
ほかオオカミが登場する昔話として有名な「古屋のもり」も県内各地に残っており、方言で古屋のムル(漏れる。雨漏り)と伝わっています。
不気味な物語も
山北町の玄倉(くろくら)に、こんな伝承がありました。
明治時代に入ったある年ある日のこと。猟師たちが連れ立って山へ入ったものの、その日は野ウサギ一羽、野鳥一羽すら獲れません。
一体どうしたことかと思案にくれたものの、獲れないものは仕方ない。日が暮れる前に帰ろうと、力なく家路をたどります。
するといきなり、一頭のオオカミが姿を現しました。これは千載一遇の好機とばかり、猟師たち全員が鉄砲を構え、狙い定めて一斉射撃を行います。
外すような距離ではありません。みんなで撃ったものだから、恐らく毛皮も肉もズタズタでしょう。
確かな手応えを感じたので、みんなしてオオカミが倒れた場所へ駆けつけます。
が、それは木の根っこでした。オオカミが茂みに伏せているような形をしていたので、見間違えてしまったのです。
しかし初心者ならいざ知らず、熟練の、しかも何人もいた猟師たちが揃ってそんなヘマをするものでしょうか。
皆が不思議に思っていると、ふと異変に気づきました。みんなが一斉射撃を食らわせた根っこの周りには、びっしりと血が飛び散っていたのです。
木の根から出た樹液ではないでしょう。撃たれたオオカミの流した血か、あるいは人智を超えた怪現象なのか……。
それからほどなくしてオオカミはすっかり姿を消し、いつしか絶滅してしまったのでした。
終わりに
昔から人々に恐れられた狼(山犬)たち。月岡芳年「月百姿 北山月」
今回は神奈川県に伝わるオオカミの昔話を紹介してきました。皆さんは、どんな感想を持たれたでしょうか。
明治時代に入ると、オオカミ(ニホンオオカミ・エゾオオカミ)は国策によって絶滅させられました。
その結果、およそ百年の歳月を経た現代、その弊害(※)が現れていると言われます。
(※)シカの捕食者がいなくなったことでシカが増え、植物が食い荒らされてしまい、食糧不足に陥ったクマが人里に出没するなど。
目先の不都合だけを見て「殺せ殺せの大合唱」で駆除した結果、それまで絶妙に保たれてきた生態系のバランスが崩れてしまうケースは少なくありません。
安易な駆除に走らず、根本的な解決を模索していくことこそ、オオカミが遺した教訓と言えるのではないでしょうか。
今回のエピソードが、かつてオオカミと人間が共存してきた歴史を垣間見る縁(よすが)となれば幸いです。
※参考文献:
永井路子ら『日本の伝説20 神奈川の伝説』角川書店、1977年7月 神奈川県教育庁文化財保護課編『かながわのむかしばかし五〇選』神奈川合同出版、1984年12月 相模民俗学会編『神奈川のむかし話』日本標準、1977年12月 池原昭治『丹沢の絵本』神奈川新聞社、1977年7月 おざきただあき『あしがらの傳承文化いまむかし語り』教文社、2001年9月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan