【ドイツ】モダニズムの原点バウハウスが生まれた世界遺産の街ワイマールを訪ねて (2/6ページ)
そして、高価な石材のかわりにコンクリートやモルタルなどの機能的かつ安価で、大量生産に適した資材を取り入れつつ、装飾でごまかすのではなく、優れたデザインによって建築の質を維持しようと考えました。
バウハウスには、オスカー・シュレンマーやパウル・クレー、カンディンスキーといった当時の先端的な芸術家たちが教授として招かれ、建築だけでなく、陶芸や絵画、彫刻、テキスタイルなどの造形教育が行われました。そして、「すべての造形活動の最終目標は建築である」という理念のもと、家具や印刷、舞台装置といったインダストリアルデザインにまで発展したのです。なお、ワイマールでは、日本人芸術家の仲田定之助や水谷武彦らも学び、その思想を日本へと伝えています。

その後、バウハウスは、ワイマール共和国の経済的・政治的な混乱によって閉鎖を余儀なくされ、デッサウ、ベルリンへと拠点を移しましたが、1933年にナチス・ドイツの芸術活動への弾圧により完全閉校に追い込まれました。学校として存在したのはわずか14年ですが、ここで生まれた革新的な思想やシンプルかつ機能的なデザインが、20世紀の芸術や建築に与えた影響は計り知れません。
私たちが普段目にしている建物や、何気なく使っている家具・工業製品などもバウハウスの影響を受けたものかもしれません。「バウハウス」とは単に総合造形学校の名にとどまらず、その流れをくむ合理主義的・機能主義的な芸術や理念全体を表す言葉といえるでしょう。