大河『逆賊の幕臣』で松坂桃李が演じる小栗忠順の父「小栗忠高」の波乱の生涯、あまりに不運な最期 (3/4ページ)
やがて嘉永7年(1854年。安政元年)閏7月1日に新潟奉行となった忠高は、江戸を離れて遠く越後国へと旅立ちました。
しかし任地に到着してから約1年後の安政2年(1855年)7月28日、医者の誤診によって命を落としてしまったそうです。
享年47歳、命を落とすほどの誤診とは、果たしてどれほど重大な過失だったのでしょうか。
遺された家族たちは嘆き悲しみ、大変だったことと思います。そんな中で、こんなこともあろうかと、忠高は自分の葬儀代を用意しておいたのでした。
親しかった紙問屋の藤井忠太郎(ふじい ちゅうたろう)に金50両を渡して「自分に何かあった時は、これで葬儀を挙げてほしい」と託しておいたのです。
日頃から用意がよかったのか、それとも新潟行きに際して、何か不吉なものを感じていた(そのような情報を得ていた)のかもしれませんね。
ともあれ世を去った忠高は法音寺(新潟県新潟市)に葬られ、小栗の家督は嫡男の忠順が受け継いだのでした。
小栗忠高・基本データ 生没:文化6年(1809年)1月3日生~安政2年(1855年)7月28日没 実父:中川忠英 養父:小栗忠清 通称:又一 役職:持筒頭、新潟奉行など 伴侶:小栗邦子(くにこ) 子女:小栗忠順 終わりに今回は小栗忠順の父・小栗忠高について、その生涯をたどってきました。
