何故こんなにも、懐かしい... 広島・鞆の浦の風景に感じるノスタルジー

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何故こんなにも、懐かしい... 広島・鞆の浦の風景に感じるノスタルジー
何故こんなにも、懐かしい... 広島・鞆の浦の風景に感じるノスタルジー
「どこか懐かしさを感じる小さな港町」

2026年9月8日、そんな呟きと共に投稿された風景が、話題となっている。

階段から見下ろした先に小さな港が見える。その先に広がる海がなんとものどかで、階段を降りて、海の近くまで行きたくなる。夏休みに来たことがあったような......、と懐かしい想いもわいてくる。

「よしと」さん(@yoshito_photo1)が投稿したポストには、4200件を超える「いいね」(9月11日時点)が付けられるなど、反響を呼んだ。

Xには、「階段から見下ろす港町の構図大好き」「行きてぇ」などといった声が寄せられている。

いったいどこの港なのか? この町に魅力を感じたのは、どんなところだったのか? 投稿者「よしと」さんに詳しい話を聞いた。

町全体がノスタルジックよしと(@yoshito_photo1)さんの投稿より再掲

投稿者・よしとさんによると、撮影地は広島県福山市の鞆の浦(とものうら)。

港エリアを中心に、近くの裏道を通り、港の北側を中心に散策したという。「港側を一望できる小高い展望所があり、町を見渡せました」と語る。撮影したのは、昨年9月のシルバーウィークだった。

「鞆の浦の魅力はやはり、町全体がノスタルジックな所でしょうか。小さなおもちゃ屋さんや、歴史的な建物も多く、個人的には町の裏の小道が雰囲気がありとても良かったです」(よしとさん)
「穏やかで観光客も比較的少なかったです。人気観光地と違って、人の喧騒を離れて、穏やかに過ごせる町だと思いました。また、海の色も綺麗で、透明度も高かった印象です」(よしとさん)

またXには、「懐かしい」とか「昔行った」といった反応もあったという。「私自身が、鞆の浦をあまり知らなかったので、これ程の反響があるとは思いませんでした」と、よしとさんは振り返った。

龍馬や『ポニョ』のエピソードも

福山市のホームページを覗いてみよう。「鞆の浦の見どころについて」という項目があり、次のように解説されている。

「鞆の浦は、万葉の時代から海上交通の要衝として、瀬戸内で最も栄えた港町の一つです。この大きな要因は、瀬戸内海の中央部に位置し、往時、潮流の変化を待って航海をしなければならない『潮待ち』に最も適していたからです」(福山市ホームページ)

江戸時代には、鞆の浦は港を中心とする商業、鍛冶業、酒造業、漁業で賑わう町に発展。鞆の浦のシンボルである当時の灯台「常夜燈」は、1859(安政6)年に建てられ、船の出入りを誘導してきた。幕末には、この地の廻船問屋「桝屋清右衛門宅」に坂本龍馬がかくまわれたというエピソードも残っている。

しかし近代になると港町の繁栄は終わり、さらに現在では、古い町並みが残るノスタルジックな町として再び脚光を浴びているそうだ。『崖の上のポニョ』の舞台モデルとなったともいわれており、投稿者・よしとさんはそのために訪れたんだとか。

ふと立ち寄った港町に、深い歴史が潜んでいた。これだから、旅は止められない。

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