『風、薫る』今井教授(古川雄大)とトメ(原嶋凛)が語る看護のリアル、最終週が示す「道標」の真意とは

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『風、薫る』今井教授(古川雄大)とトメ(原嶋凛)が語る看護のリアル、最終週が示す「道標」の真意とは

2026年3月から始まった、朝の連続テレビ小説『風、薫る』も、早いもので最終週を迎えました。

最後のテーマは『道標』。

フィナーレが近づいてきて、懐かしい人々が再登場しました。

今回は、直美(上坂樹里)が設立した『恵風派出看護婦養成所』に、看護学生たちの試験対策講師として招かれた帝都医大病院の今井教授(古川雄大)と、看護婦養成所時代の同期であり帝大病院で伝染病科の看護取締だった、工藤トメ(原嶋凛)が。

振り返れば、ドラマの最初の頃から“看護”という概念が社会にありませんでした。

けれども……

ナイチンゲールから、看護養成所の講師・バーンズ先生(エマ・ハワード)へ。
バーンズ先生から、梅岡看護婦養成所の生徒たちへ。
その生徒たちから、新しい次世代の看護学生たちへ。

“看護”のバトンは渡され、社会に広がっていきました。

りんと直美が養成所に入学してからほぼ10年。医療も看護も進歩しつつあります。

それでも、永遠の問い『what is nursing?(看護とはなにか)』は、教えるほうも、教わるほうも、答えが出せずに悩んでいるようです。

最終週、今井教授や工藤トメが伝えた “看護”のリアルと『道標』とは?……を考察してみました。

※ドラマの時代設定に合わせて現代の「看護士」ではなく明治時代の「看護婦」で表記しています。

基本はいつも『what is nursing?(看護とはなにか)』。直美と学生たち。(NHK「風、薫る」公式サイトより)

今井教授という“「医師」からのエール”

『恵風看護婦会』の看板の隣に『恵風派出看護婦養成所』の看板が並びました。

最初の授業は、りん(見上愛)や直美(上坂樹里)が、初めて勉強したナイチンゲールの代表作『notes on nursing』から始まりました。

看護婦試験まであと1ヶ月ほど。

特別講師として招かれた今井教授は、「消毒方法」には理学的方法と科学的方法があり、最近では「100°以上の高温でも可能な蒸気滅菌が一般的になった」ことを説明。

以前、今井教授がマスク・白衣・ゴム手袋なしでスリーピースのベストとネクタイ、白いワイシャツ姿で外科手術を行い場面がネットでも話題になりました。

今ではダブルの白衣を着て、新しい「消毒方法」を説明する今井教授……医学は日々進歩していることを感じます。

今井教授は、熱心にメモし質問する生徒のツヤ(東野絢香)を「素晴らしい心がけ」だと褒めました。

看護婦育成業に慣れず悩むりんに、「生徒はまっすぐな目をしていた。あの目に応えるのは容易ではない。君もおおいに悩むといい」と励まします。

自分も、若い外科医を育てている経験から「“教える”ことに悩みは尽きないが、いずれは君の糧になるから頑張れ!」と、エールを送っているかのようでした。

今井教授は、一見クールな現実主義者という雰囲気ですが、“数字”や“規則”だけではなく、看護婦や患者など “人”の立場になってものを考える医師でした。

もともと「看護婦」への差別心はない人でしたが、より「看護婦」という存在の大切さを認めるようになった気がします。

今井教授による特別講義を真剣に聞く、生徒たち(NHK「風、薫る」公式サイトより)

医師も「看護婦」の仕事から学んだ

ドラマの中では、今井教授は帝都医科大学付属病院(モデルは帝国大学医科大学附属第一医院で、現在の東大病院)に勤務する、ドイツに留学したエリート外科医という設定。

同様にドイツで学び、帰国後明治20年(1887)帝国大学教授となった実在の人物・佐藤三吉がモデルでは?と推測されています。

その頃、りんのモデル・大関和も、同じ病院の外科看護取締として働いていました。

今回再会した時、「君は辞めても看護の道に戻ると思った」という教授。

りんの看護婦としてのスキル面と、患者に寄り添う人間性面の両方を評価していました。

りんや直美たちがさまざまな医師と接して“看護”を学んできたように、時代の流れとともに医師のほうも看護婦という仕事の大切さを学んできたのではないでしょうか。

だから、今井教授は今、懸命に勉強する看護婦候補生徒たちを温かい目で見守るようになったのかもしれません。

看護婦を目指す生徒たちを見守る今井教授 。(NHK「風、薫る」公式サイトより)

患者のみならず医師も支えている看護婦

「風、薫る」で何度も描かれた、看護に対する人々の偏見や差別意識。

それは、大学病院の医師らの間にもあり、もともといた“看病婦”は、労働条件が悪く下女扱いされていました。

そんな現場にトレインド・ナース見習いの生徒たちが参入してきても、医師たちは“看病婦”と同様の存在くらいにしか思っていなかったようでした。

ドラマも後半になって、派出看護婦の存在が認められるようになり、医師たちにも大きな変化が。

藤田先生(坂口涼太郎)は、直美が病に倒れた柳川文(内田慈)を派遣看護で世話していたとき、往診してくれました。

「医者は治療法のない人にできることはほとんどない……でも、治らない患者にも病院に来られない患者にも日々看護は必要だから。がんばって」と、真摯な態度で直美を励まします。

この、医師として「看護婦という役割がどれだけ重要か」を認めている本心が伝わる言葉には胸が震えました。

また、内科教授だった木村先生(前野朋哉)も、直美たちの『恵風看護婦会』に患者さんを紹介してくれました。

「看護を広めたい」と願うりんと直美の地道な努力が伝わりつつあることを実感した後半のエピソードでした。

「医師と看護婦は車の両輪のごとし」

『医師と看護婦は車の両輪のごとし』

イギリスでナイチンゲールの看護に触れた、東京慈恵会医科大学の創業者・高木兼寛の言葉です。

かの地で高木は、医師と看護師が一体となって治療にあたる現場を目の当たりにし、質の高い医療は両者の連携なくしては成り立たないことを実感しました。そして帰国後、国内初となる看護婦教育所を開設したのです。(東京慈恵会医科大学附属病院 公式HP)

高木兼寛は看護の重要性を早くから認識していた人物です。

そして、大山捨松が「鹿鳴館バザー」を開催し多額の売り上げを高木に寄付したことで、日本初の看護学校・有志共立東京病院看護婦養成所を設立した人でもあります。

ドラマには登場しませんでしたが、

看護婦は医師の部下ではない。
医師と看護婦は両方で支え合わなければ成り立たない。

後半になって、その言葉の意味を感じる場面はいくつもありました。

高木兼寛 wiki

正しく怖がることで自分守り患者を救う

一方、養成所の同期で帝都医大病院では伝染病科に配属されていた工藤トメは、看護について生徒たちに教えます。

結婚して今は「福武」となったトメは「夫が営む福武医院で看護婦として働いています」と自己紹介。すっかり大人びたトメは「労咳」(肺結核)の説明をします。

「労咳は、有効な治療法がない」と看護のリアルを聞いた生徒・中山ハル(今泉舞)は、「絶対にうつらない方法はないのですか?自分の命をかけてまで、看護はとても…」と怯えてしまいました。

「それでいいんです。怖いから慎重になる」「正しく怖がることは自分自身を守り、患者を救うことにもつながります」と答えるトメ。

以前バーンズ先生は、学生たちに「自分たちが感染しないように務めること。あなたが感染して倒れたら、患者はあなたの看護を受けられない。」と教えました。

自分を守る=未来の患者や家族を守ることという意味。

つまり、『看護婦の仕事は「自己犠牲」であってはならない。』
ということ。ナイチンゲールの教えでもありました。

新潟で、黒川医師(平埜生成)とともに赤痢が発生した村に向かったとき、りんも同行した看病婦たちに、「怖くていいんです。怖がらないと伝染してしまう。ちゃんと怖がって看護しましょう。」と伝えていましたね。

伝染病は怖がって当たり前。だからこそ対策をしっかりする大切さを教えるりん。(NHK「風、薫る」公式「X」より)

「線引きされはみ出した人」にもチャンスを

貪欲に学びたい生徒も、命をかけてまで看護はできない生徒も、生活のため働きたい生徒も、みな看護婦を目指してかまわない……と考える直美。

看護婦に必要なのは、自己犠牲の精神や命懸けの覚悟ではなく、自分を守り患者の看護をする知識とスキル。

けれど、学ぶためには、看護婦規則で「学科や実地試験に合格する」か「2年以上の勤務経験を医師に証明してもらう」ことが必要です。

帝都医大病院で“看病婦”の経験があるツヤは、知識や経験があるのに証明書を出してもらえませんでした。

内務省衛生局の役人・柳生藤次(中村倫也)が表現する「線引きされた世界の、線の内側と外側。外側にはみ出す人間もいる」という言葉が、今週、何度か登場しています。

外側にはみ出してしまった女性でもチャンスを掴めるようにしたい……現場にいてミクロで考える直美たちと、「国」というマクロで考えるお役人と「社会の仕組みとの戦い」は続きそうです。

知識も経験も熱心さも持ち合わせるツヤ。(NHK「風、薫る」公式「X」より)

本を書き「未来の看護婦」への『道標』に

実際、大関和は優秀な看護婦の育成だけではなく、女性の地位向上のため娼婦廃止運動や、禁酒、婦人参政権運動などで活動。

鈴木雅も、看護婦の育成のほか、日本最初の女医・荻野吟子らと大日本婦人衛生会を組織し『婦人衛生雑誌』を刊行するなど、衛生の知識教養の普及・啓発にも努めています。

生徒に「患者の変化に気が付く方法」を尋ねられ「言語化が難しい」と悩むりんに、シマケン(佐野晶哉)は、「“守り、破り、離れる”ですね」と「千利休の言葉」を教えます。

「師匠の教えを守り、やがてそれを破って、離れていく時、自分の流儀が生まれる」という意味だと。

これに背中を押されるのでしょう。

りんは、今までの体験をもとに看護の実用書を書くことを決心するようです。

「看護とはなにか?」

今まで、悩んだり・間違えたり・苦しんだり・手応えを感じたり・患者と心が通じ合ったり……さまざまな経験をもとに書いた本は、間違いなく「未来の看護婦」の『道標』になっていくのでしょう。

参考:
女子学院公式HP「特設サイト大関ちかの歩みをたどって」
東京慈恵会医科大学附属病院公式HP
日本大百科全書
上越市HP「大関和」とは
佐藤三吉関係資料 東京大学文書館デジタル・アーカイブ

日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan

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