【豊臣兄弟!】秀長と高虎の残酷すぎる“裏の顔”…「北山一揆」残党狩りで民衆を恐怖に陥れた凄惨な記録 (3/3ページ)
『豊臣兄弟!』に初登場!松岡広大が演じる吉川平助とは?豊臣兄弟の絆を引き裂く不祥事と非業の末路
同族である三蔵の処分(連座?お咎めなし?)についてはわかりませんが、一揆殲滅の指揮権は藤堂高虎に引き継がれたものと考えられます。
執拗な残党狩りはどこまでも続き、明けて天正17年(1589年)5月には多数の農民が捕らわれ、赤木城へ引き立てられていきました。
そして田平子峠(たびらことうげ)でことごとく斬首されたと言うことです。
♪行ったら戻らぬ赤木の城へ、身捨てどころは田平子じゃ♪
現地ではこんな俗謡が生まれ、秀長の苛烈な仕打ちを現代に伝えています。
終わりに
今回は羽柴秀長の統治に反発した北山一揆について紹介してきました。
秀長が彼らを徹底的に弾圧したのは、激しい合戦に苦しめられたことの裏返しと言えるでしょう。
昭和43年(1968年)には北山一揆の犠牲者を弔う供養塔が建立され、平成元年(1989年)には「赤木城跡及び田平子峠刑場跡」が名勝史跡天然記念物に指定され、往時を偲ばせています。
果たして大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、北山一揆に立ち向かう秀長の葛藤と決断が描かれるのでしょうか。
※参考文献:
小山靖憲ら編『和歌山県の歴史』山川出版社、2004年7月 小和田泰経『天空の城を行く』平凡社新書、2015年5月 新人物往来社 編『豊臣秀長のすべて』新人物往来社、1996年7月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan
