縄文時代の怪奇な呪術世界――「頭部のない人骨」と壊された土偶が語る“生贄”の謎
縄文人の「古人骨」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
争いごとのない、平和で穏やかな時が1万年以上続いたとされる縄文時代。人々は自然の恵みを受けながら、皆等しく豊かな日々を過ごし、創造性あふれた土器を作り、女神像に祈りを捧げる。イメージするのは、そんな大らかで牧歌的な生活を営んだ縄文人の亡骸でしょうか。
ところが秋田県では、「故意に破壊された人骨」が見つかり、さらに同じように壊された土偶も出土しています。ここでいったい何が行われていたのでしょうか。
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1980年、国道のバイパスの計画に先立って本格的な発掘調査が行われました。そこから発見されたのは竪穴住居跡、大量の土器や石器類、そして80基以上の土坑墓でした。土坑墓とは、地面に穴を掘ってそのまま遺体を埋葬した墓のことです。
その内のひとつから、「頭部のない火葬人骨」が発見されました。人骨は成年または熟年の女性のもので、頭部を切り落とされてから土坑内で火葬された可能性があるとされています。
またここから、人骨と同様に「頭部のない土偶」も見つかりました。一般的に土偶は壊された状態で土に埋められることから、発見時に頭部が欠けていること自体は珍しくはありません。ですがこの土偶は明らかに最初から頭部がなく、豊かな乳房と下腹部に膨らみを持つ、妊娠した女性を表現したものでした。
土偶は、頭部のない人骨が葬られた時から遡ること500年ほど前に作られていました。こうした現象から、当初は人間の代わりに土偶を使って行われていた呪術が、やがて人間そのものへ行われるようになったのではないかと考えられます。
世界の民俗学と照らし合わせ、一種の生贄のような意味があったという見方もされています。
頭部に穴のある人骨と土偶そのほかにも、秋田県内では奇妙な人骨と土偶が出土しています。縄文時代晩期の貝塚から8体の人骨が見つかり、そのなかに頭蓋骨を石斧のような鈍器で叩いて穴を開け、ベンガラ(赤色顔料)が塗られているものがありました。
さらにこの遺跡から5㎞離れた同時期の遺跡からは、頭をもぎ取られて土坑の中に埋葬された土偶が見つかりました。この土偶の後頭部には、制作時に開けられた星形の穴があり、埋葬時には胴体は仰向けに、頭は後頭部の穴が分かるように反転して置き直されていました。
人骨の頭部に開けられた穴は、「魂が出入りする通用口」だという考えがあります。ほかの地域の土偶や土面にも小さな穴が開けられていることから、穴はこうした呪術のために施されたと推測できそうです。
縄文時代の土偶祭祀と葬送縄文時代初期の土偶にはもともと頭部がなく、時代が進むと顔らしきものが作られ、やがて目鼻口が表現されるようになりました。その多くの顔がデフォルメされた表現であり、それは「人間」ではない「何者か」であることを区別するためだったとも言われています。
それらが完全な形で見つかることはほとんどなく、中には目をつぶされたり、腕をもぎ取られたりと、意図的に破壊されています。その行為は、子孫繁栄や豊穣などを祈る祭祀で行われたと考えられていますが、当然ながらはっきりとした理由は分かっていません。
また、時代が進むと葬送のあり方も複雑化する傾向にありました。埋葬場所や遺体の向き、副葬品など、同じ墓地にあっても葬られる人によって違いが見られるようになります。
階層化した社会が誕生していた?怪奇としか思えない埋葬や謎の土偶が作られたのは、縄文時代の晩期のことです。その頃の東北地方では「亀ヶ岡文化」と言われる縄文時代最大の文化が花開き、美しい土器、超絶技巧の漆塗製品などが数々生み出され、その影響は広く日本列島各地まで及びました。
それは、かつて平等だった社会の変化を表すものでもありました。
塩づくりや食料の加工技術の発達などにより、富を蓄える集落が現れたのです。そうした集落では、経済活動を円滑に行う強力なリーダーが誕生し、人々をまとめるために、祭祀・儀礼の体系を発達させました。
創造性豊かな土器や人体を模した土偶のほか、遠隔地の希少な石や貝などで美しい装身具を作り、年齢や役割に応じて身に付けたり、埋葬の際の副葬品としたのです。
差別化された埋葬や奇異な土偶の存在は、発達した儀礼のひとつの形であったと考えられます。そしてそこには、すでに階層化した社会があったことが見え隠れしています。
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