平安時代「母」の発音は「パパ」「ふぁふぁ」 だった? タイムスリップしても絶対に通じない日本語の謎

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平安時代「母」の発音は「パパ」「ふぁふぁ」 だった? タイムスリップしても絶対に通じない日本語の謎

平安時代の日本語と、現在の日本語は、同じ日本語とはいっても、かなり違います。文法や語彙が違うのはもちろんですが、意外と見落とされるのが「音」の違いです。

私たちは「は・ひ・ふ・へ・ほ」を、ごく当たり前に発音しています。しかし、この発音が昔から変わらなかったわけではありません。特に面白いのがハ行です。現在の「は」は「h」の音ですが、日本語の歴史をさかのぼると、どうもそうではなかったらしい。

さらに古い時代には、「p」、つまり「パ・ピ・プ・ペ・ポ」に近い音があったと考えられています。

そう聞くと、「では、昔の『母(はは)』は、どんな音だったのだろう」と気になってきます。

実は、この「母」というごく普通の言葉を調べていくと、日本語の音がどのように変わってきたのかが、かなりはっきり見えてきます。

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「は」は、昔から「は」ではなかった

日本語のハ行は、長い時間をかけて音を変えてきたと考えられています。古い段階では「p」に近い音。そこから両唇摩擦音と呼ばれる音を経て、現在の「h」に近い音へ変わっていった、とされています。大まかに書けば、p → Φ → hという変化です。

この「Φ」という記号を見ると難しそうですが、現代人がイメージするなら「ファ」に少し近い音、と考えると分かりやすいでしょう。ただし、現在の「ファ」とまったく同じ音だったわけではありません。ここは「昔の日本語は全部『ふぁ』だった」と単純化しないほうがよさそうです。

「母」はどう発音していた?

この話で面白いのが、「母」です。現在なら「はは」。では、平安時代の人は、これをどんな音で発音していたのでしょうか。

ハ行の音の変化を考えると、古い段階では「p」に近い音があったと考えられます。そのため、「はは」という言葉をずっと昔までさかのぼれば、「papa」に近い音の段階があったと考えられます。

「昔の日本人は、お母さんを『パパ』と呼んでいたのか?」

もちろん、そういう意味ではありません。ここはちょっとややこしいところです。変わったのは「母」という言葉の意味ではなく、同じ言葉の発音なのです。「はは」という音が、長い時間の中で少しずつ姿を変えていった。そう考えると分かりやすいでしょう。

「ふぁふぁ」と言われる理由

では、平安時代の「はは」は「ふぁふぁ」だったのでしょうか。ここも、少し慎重に考える必要があります。古い日本語のハ行には、現在の「ハ」とは違う両唇摩擦音があったと考えられています。その音を現代人に分かりやすく表そうとすると、「ふぁ」のような音になります。

そのため、平安時代の「母」を「ふぁふぁ」のようにイメージすると、音の違いがかなり分かりやすくなります。ただ、これはあくまで現代人向けのイメージです。「平安時代の人が実際に『ふぁふぁ』と言っていた」と、そのまま断定するのは少し違います。

それでも、「はは」と「ふぁふぁ」では、かなり印象が違います。もし現代人が平安時代へ行ったとして、いきなり会話を始めたら……。案外、最初の一言から苦労するのかもしれません。

しかも「母」は「はわ」になっていた

さらに面白いことがあります。「母」という言葉は、歴史の途中で「はわ」のように発音されていたと考えられているのです。現在は「はは」ですから、「はわ」と聞くと少し不思議ですよね。なぜ「は」が「わ」になるのでしょうか。

これも、ハ行の音の変化と関係しています。古い日本語では、語の位置によってハ行の音が変化し、現在の「h」とは違う音になっていました。その結果、「はは」は「はわ」のような発音へ変化していったと考えられています。

つまり、「母」という一つの言葉を追いかけるだけでも、古い「p」に近い音、両唇摩擦音、「はわ」に近い音、そして現在の「はは」へと、長い音の歴史が見えてきます。

この謎に挑んだのが上田万年

こうした日本語の音の変化について、明治時代に本格的に考えた人物がいます。国語学者の上田万年(うえだかずとし)です。上田は1898年、「P音考」という論文を発表しました。名前の通り、「P」の音が、日本語の歴史を考えるうえで重要だと論じたものです。

現在の「ハ行」が、昔は「パ行」に近い音だった。一見すると大胆な説に思えます。しかし、上田は思いつきだけで「昔はパだった」と言ったわけではありません。古い日本語の資料を調べ、他の言葉との音の対応などを見ながら、日本語の音がどう変わってきたのかを考えたのです。

そして、この「古い日本語のハ行にはpの音があった」という考えは、その後の日本語音韻史の研究にもつながっていきます。

私たちが話している日本語も、昔は「外国語」のように聞こえた?考えてみると、ちょっと不思議です。平安時代の人も日本語を話していました。私たちも日本語を話しています。それなのに、千年近い時間を隔てると、音そのものがかなり変わってしまう。

もちろん、平安時代の人が話していた言葉を現代人が「まったく理解できなかった」と単純に言うことはできません。地域差や身分差、時代差もありますし、文章と会話でも事情は違います。

ただ、少なくとも「今の日本語をそのまま平安時代へ持っていけば通じる」と考えるのは無理があります。言葉は、少しずつ変わっていくからです。

昨日まで「は」だった音が、今日から突然「ぱ」になるわけではありません。何世代もかけて、ほんの少しずつ変わる。その小さな変化が積み重なって、何百年後には別の音になっているのです。

「母」という言葉は、私たちにとっては、あまりにも普通の言葉です。でも、その二音節を少しだけ歴史の中に置いてみると、ずいぶんと認識の仕方が変わります。

かつては「p」に近い音があり、その後、唇を使う摩擦音の時代を経て、やがて現在の「h」に近い音になった。途中には「はわ」と呼ばれていた時代もあった。そう考えると、言葉というのは、辞書に載っている形だけが「言葉」ではないのだと思います。

人が口にするたび、少しずつ変わっていく。その変化が積み重なったものが、今の日本語です。だから、私たちが「はは」と発音するとき、その音の奥には、ずっと昔の日本人が使っていた音も眠っています。

昔の日本へタイムスリップして、「こんにちは」と声をかけたらどうなるでしょう。ひょっとすると、こちらの言葉が通じないだけではなく、向こうの言葉も聞き取れないかもしれません。同じ日本語なのに、です。

そう考えると、日本語の歴史は、古い文章を読むだけのものではありません。私たちが毎日しゃべっている「音」そのものが、日本語の歴史なんだということに、改めて気づかされます。

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参考文献

上田万年「P音考」『帝国文学』4巻1号(1898)/『国語のため 第二』(1903 冨山房)再録 伊波普猷「P音考」『古琉球』(1907) 新村出「波行軽唇音沿革考」『国語国文の研究』(1928)/『新村出全集』第四巻所収 橋本進吉『国語音韻の研究』(1949・1980等 岩波書店) 小松英雄『日本語の世界7 日本語の音韻』(1981 中央公論社) 築島裕『平安時代語新論』(1969 東京大学出版会) 木田章義「p音続考」『奥村三雄教授退官記念国語学論集』(1989 桜楓社) 高山倫明「P音再考」『日本語の研究』7巻4号(2011) 久島茂「日本書紀のハ行子音」『國學院雑誌』83-7(1982)

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