【豊臣兄弟!】軍師・黒田官兵衛には弟が!キリシタン武将・黒田直之、秀長に仕えた猛将の生涯 (3/5ページ)
官兵衛嫡男)が筑前福岡藩主となったことに伴い、直之は知行1万2千石を与えられ、秋月城代を任されます。
やがて嫡男の黒田直基(なおもと)に家督を譲って隠居し、静養先の大坂で慶長14年(1609年)2月3日に世を去りました。
享年46歳、高厳院殿永峯道永大居士の戒名が贈られ、福岡明光寺に眠っています。
黒田八虎の一人に数えられる
かくして兄の官兵衛や甥の長政を支えた直之は、後世に黒田八虎(はっこ)と称されました。
いずれも黒田家一門や譜代家臣で、その顔ぶれは以下の通りです。
井上之房(いのうえ ゆきふさ。譜代家臣) 栗山利安(くりやま としやす。筆頭家老) 黒田一成(かずなり。官兵衛養子) 黒田利高(官兵衛弟) 黒田利則(官兵衛弟) 黒田直之(官兵衛弟) 後藤基次(ごとう もとつぐ。後藤又兵衛) 母里友信(ぼり/もり とものぶ。譜代家臣)彼らの活躍についても、改めて紹介したいと思います。