『豊臣兄弟!』本当にあった“天正の大地震”とは?規模と被害の全貌――秀吉が家康と和睦した真相 (2/3ページ)
本能寺の変(1582年)から徳川幕府が始まったころの慶長年間(1596~1615年)には、日本で地震が頻発しました。「戦国の三英傑」のなかで、織田信長は大地震に遭っていませんが、豊臣秀吉と徳川家康は大きな影響を受けました。
天正地震の規模は断定されていませんが、マグニチュード8以上、最大震度は6弱~6強だったといわれています。美濃の養老断層が震源と言われています(諸説あり)。
少なくとも12日ほどは余震も続いたという記録もあります。
天正地震の被害地震の被害は広い範囲に及びました。例えば、近江の長浜城(城主・山内一豊。彼の娘が犠牲になりました)や美濃の大垣城(城主・一柳直末)は全壊しました。また、尾張の清洲城も半壊/液状化現象の被害に遭ったと言われています。