【追悼】高倉健、生涯愛し続けた妻への深すぎる思慕

デイリーニュースオンライン

離婚後も生涯独身を貫き続けた、高倉健さん
離婚後も生涯独身を貫き続けた、高倉健さん

「往く道は精進にして、忍びて終わり悔いなし」

 所属事務所がマスコミ宛てに送ったFAXに記された、高倉健さん(享年83)の座右の銘だ。その訃報に接し、ネット上では、

「高倉健がいるから日本の男はまだ大丈夫だ。そんなふうに思っていた」

「健さんの映画は映画鑑賞というより富士山のご来光、奈良の大仏、京都の金閣寺、屋久島の縄文杉といった、日本の観光名所を訪ねる行為に近かった」

「私たちは、高倉健という一人の俳優を失っただけではなく、昭和の銀幕の一時代そのものを失ったのだ」

 と、数多くの偲ぶ声が飛び交っている。

離婚してからも欠かさなかったお墓参り

 そんな健さんが生涯でただひとり私生活を共有した女性について、11月20日発売の『女性セブン』(小学館)が報じている。それは昭和を代表する歌手で女優の江利チナミさん(享年45)。ふたりは1959年に結婚、1971年に離婚している。

 同誌によると、交際当初に多忙な日々を送っていた2人はなかなか会うことができず、あるとき健さんは「風邪を引いて入院した」とチエミさんに連絡した。

「心配した彼女が病室に駆けつけると“あなたに会うための仮病でした”と頭を下げた」(チエミさんの知人)

 というから、人一倍厳しい健さんの意外な純情エピソードだ。

 しかし流産、火災による自宅の全焼、親族のトラブルなど不運が重なり、チエミさんのほうから別れを宣告。しかしこれも憎しみからではなく、愛するがゆえの決断だったそうだ。

 そして1982年2月、不慮の事故でチエミさんがこの世を去ってからも、女性の噂を立てられることはほとんどなく、健さんは独身を貫いた。チエミさんが眠るお墓の近くに家を建て、墓参りは欠かさなかったという。

寡黙で不器用、でおおちゃめな一面も

 健さんといえば、“寡黙”で“不器用”といったイメージが強い。しかし実際の健さんはウィットやユーモアに富み、場を和ませるおちゃめな一面もあったようだ。『あなたへ』(2012)、『鉄道員(ぽっぽや)』(1999)、『ホタル』(2001)など、数多くの主演作でメガホンを取った降旗康男監督は、以前ある雑誌の取材で当時の健さんを振り返り、懐かしそうにこんなエピソードを語っていた。

「俳優かスタッフのお子さんの誕生日、ホテルで誕生会をやるというので、健さんが『子どもを驚かせよう」と黒いマスクをかぶって変装して行ったらしいんです。そうしたら本当に偶然、そのホテルに強盗が入りまして、地下へ逃げ込んだという情報が入った。そこで地下駐車場にいた健さんを見て『泥棒だ!』と大騒ぎになったことがありました。すぐに健さんだと分かって、犯人も捕まったので良かったんですけど、『だいぶ怪しまれちゃったよ』と笑い話にしていましたね」(週刊誌記者)

 今はちょうど天国で、チエミさんやかつての盟友たちと再会を懐かしみ、笑い話をしている頃だろうか。健さんの映画を見返しながら、昭和の偉大なる名優の冥福を心から祈りたい。

(取材・文/チロル蝶子)

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