【運の善し悪しは何が決める?】だいたい運なんてあるのか!? (2/2ページ)

脳科学者の中野伸子氏は著書「科学がつきとめた運のいい人」の中で、数学の理論「ランダムウォークモデル」と呼ばれるものを引き合いに出し、運、不運は、「ほぼ公平に誰の身にも起きている」、と述べている。
「ランダムウォークモデル」とは、たとえばコインを投げた時に表が出たらプラス1進み、裏が出たらマイナス1進むと決めておき、実際にコインを1万回投げてその結果を座標軸に落とし込むというものだ。
その結果は、完全にゼロのところに落ち着くという事は無いらしく、およそプラス200〜300、マイナス200〜300くらいの結果になる事が多いらしい。また1万回全てがプラス、あるいはマイナスになることも「めったに」ないらしい。
だが、「ある限られた時間の中における目の出方はある程度偏ってしまいます。」らしいのだ。
なるほど。ここに一つの真実がありそうだ。
これを人生という限られた時間軸に当てはめるとどうなるのか?
この時期はとても調子がよく、この時期はあまり調子が良くないという目の出方に偏りが認められるはずだ。
人生の最初にツキの目が集中する人もいれば、後半に集中する人もいるはずである。またツキが乱高下する人や、穏やかに中庸の目が出続ける人生を歩む人も、もちろん存在するはずである。
たとえば、芸能界やスポーツの世界ではよく目にする事のある、子供時代に脚光を浴び寂しい晩年を過ごす的な人は、まさに人生の早い時期にツキが集約していたのだろうし、その反対に人生の終盤にツキが偏っていれば大器晩成と呼ばれるのだろう。
年が明けたら急にツキだしたり、どこそこへ行ってから万事うまく行き始めた!などは、何事かをきっかけとして采の目の出方が変化したのだろうと推測される。
1万回の中の200〜300回=2〜3%。
この2〜3%が人生のココイチにプラスに働く人が運のいい人。マイナスに働く人が運の悪い人。
という事になるのではないだろうか。
このように考えれば、「運」は確かに存在する。
「幸福の女神は後ろ髪が無い」 「 miss the bus・バスに乗り遅れる」 という故事がある。
「運」を引き寄せるには、ここぞ!と言う時に出会う女神を前方から抱きしめ、たとえバスが発車寸前でも飛び乗れるだけの選別眼と体力を培っていく必要がある。
日々、鍛錬しようではないか!
そして「運」が良いヤツと言うのは、女神だと思い抱きしめたのが貧乏神で、飛び乗ったバスが地獄行きではない、ヤツの事を言うのだろう。