日本橋を振り返る。『残しながら、蘇らせながら、創っていく』をテーマに再開発が進む (3/3ページ)
- タグ:
-
日本国内の旅行・観光
-
日本の歴史・過去
-
日本橋

また『日本橋』の銘板ですが、これは徳川幕府最後の将軍、徳川慶喜公の筆によるものです。当時の東京市長・尾崎行雄氏が「明治維新、謹慎と江戸城無血開城にて東京を戦火から守ってくれた慶喜公に」ということで依頼し、実現したそうです。
しかし昭和39年(1964年)、東京オリンピックに向けて首都高速道路が整備された時、日本橋のすぐ上を高速道路が覆うことになってしまい、日本橋の景観は台無しになってしまいました。そして繁華街も新宿や渋谷に移り、日本橋はかつての賑わいを失ってしまいました。
しかし日本橋と共に発展してきた三井不動産は、『残しながら、蘇らせながら、創っていく』をテーマに、今、日本橋の再開発を進めています。
日本橋三越以外にも、日本銀行本店、三井本館、日本橋高島屋など、歴史的建造物が数多く残る日本橋。重要文化財に指定されている日本橋高島屋を活かした『日本橋2丁目地区』の再開発が完了するのは2015年11月の予定です。ここには高島屋の屋上を中心に、緑に囲まれたオープンテラスが登場します。
2020年の東京オリンピックを控え、各地で再開発が進む東京。前回の東京オリンピックの時とはまた違うコンセプトで、日本の伝統や文化を見直す再開発が各所で進められています。
日本橋の上を覆う首都高速道路を地下に移す計画もありますが、まだ具体的には決まっていません。こちらも早く実現し、江戸、明治、大正、昭和と、日本の中心として発展してきた日本橋の、本来の姿が復活するといいですね。
トップ画像: Wikipedia