ゆとり世代が哲学する「趣味ってなんだろう」 (2/2ページ)
以前よりも多くの選択肢の中から選ぶことができるようになった趣味。
しかし、それは人々が自分の本当に熱中できることを提供してくれるだけでなく、趣味が嫌悪の対象になってしまう事態まで引き起こしたようです。
Kさん「もし付き合う人が、美少女ゲームとか、女の子のフュギィアとかが好きな人だったら嫌だなって思います。
そういうのが好きな人がいるのはわかるけど、私には全然理解できないし、付き合う人の趣味は私も一緒に楽しみたいと思うから、そういうのが趣味な人は嫌ですね」
趣味とは「私的で、誰かと共有できなくても自分自身だけが満足できればそれでいいもの」だったはずです。しかし、ゆとり世代にとっての趣味は誰かに評価されて、評価するもの。
ドイツの哲学者カントは「なにかが美化を概念によって規定する如き趣味の客観的な法則はあり得ない。なぜならば、趣味の判断はすべて直感的であるからだ。つまり、趣味の判断の規定根拠は主観の感情であって、容態の概念ではない」と言っています。
趣味とはとても私的で誰かに押しつけられたり押しつけることができるものではありません。自分が好きだと思う心に従って、のめりこんでいくものです。
誰が何と言おうと好きだと思えれば、趣味に成り得るし、誰かの好きなことを「おかしい」と言ってしまえるものではないはずです。
もしかしたら、趣味は「私の趣味はこれ!」と決めてしまうことから始まるのかもしれません。周りの意見や偏見を気にせず、自分が本当に好きだと思えることを楽しんでみてはいかがでしょうか?
きっと、好きで楽しいだけで立派な趣味になるはずです。