何の関係が...? 宮城・蔵王町が「真田幸村ゆかりの郷」で町おこしする理由 (2/3ページ)

Jタウンネット

pic.twitter.com/7oRcFBrULZ
- 紫衣 (lillarosa1231) 2015, 4月 5

白石蔵王駅で、朝うーめんなう。
1人山口に帰省する旦那さんをお見送り。
うーめん(プレーンなやつ)340円は安い?
(((o(*゚▽゚*)o))) pic.twitter.com/8tdW56DA6L
- まつえってぃーニホンジン応援中 (matsuetty) 2014, 12月 31

地元教育委員会制作のマンガは必読

真田幸村が宮城県内に領地を持った記録はない。多分、宮城に行ったことなんて生涯一度もないだろう。

それでも真田の郷を名乗る理由は、幸村の末裔がこの地に根を下ろしているからだ。先述の公式ホームページには次のように記されている。

「幸村公の子女5人は戦火をかいくぐり、密かに白石城主片倉重綱のもとで養育されていたのです」
「その後、5人のうち幸村公の五女阿梅は片倉重綱の妻となり、次男大八は伊達家の家臣となって刈田郡矢附村・曲竹村(現在の蔵王町矢附・曲竹地区に領地を与えられました)「日本一の兵 真田幸村公の血脈は、『戦国真田氏』としてわが郷土に深く根を下ろしたのです」

仙台真田氏の歴史は、同サイトにアップされているコミックでも読める。「仙台真田物語」(制作・発行:蔵王町教育委員会)には伊達家に匿われた理由が紹介されている。ちなみに改訂版だそうだ。

「何の関係が...? 宮城・蔵王町が「真田幸村ゆかりの郷」で町おこしする理由」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る